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 ……なあんて期待していた時も、確かにありました。フラグ回収が早すぎてさすがの私も泣いてしまいそうだと頭を抱えたのはピンポーン、とこの世界にやってきてしまってから聞き慣れない音を耳にした昼下がりのこと。
 ぼんやりと部屋の掃除をしていたせいか、気付くのが遅れてしまって、ややあって、ああ誰か来たのかと思い至ったのだった。それから遅れて、「なんで?」って思わず声も出た。

「だって、……そうだよね?」

 さて、今さらながら私が何処にいるかと言うと恐怖の風紀委員長である雲雀恭弥の仮宿的なところになる。
 元々ここは彼が風紀の仕事が忙しかった時にすぐに寝泊まりできるようにと用意している場所、らしい。公式にはそんな情報もなかったのでふぅんそうなのかと感動しつつそのまま居着かせてもらっている。そんな彼が用意しているところなだけあって殺風景で最低限の物しかなく、人間が毎日生活するにはあまりにも不向きな感じだった。なので少しずつ私の趣味で物を増やし、ちょっとは人間が暮らしていそうな部屋へと変わりつつある。そしてそこを私が間借りする形で住まわせてもらっているので、本来ならばここのインターホンを鳴らした相手はここの家主である恭弥が目的のはず。
 だけど、この時間に彼はいない。
 忘れがちではある設定だけど彼は学生なのだ。ちゃんと教室に行っているのか、はたまた風紀の仕事としてフラリと並盛の地域内を出歩いているのか、応接室で書類整理をしているのかは謎だけどここにいる可能性は限りなく低いことは誰だって想像できる。そもそもここを知っているのは風紀委員でも草壁さんぐらいだって恭弥も言っていたぐらいだし。
 じゃあ配達の人かと問われればここに手紙は一切送られてこない。たまにポスティングの広告が入っているぐらいだろうか。あ、あと結構前になるけど脅迫された時もポストを使われたっけ。知ろうと思えば知ることができるってことなのかな。まあ恭弥だって尾行されたところで実力行使で排除すればいいだけだし、そんなことで自分の住居がバレるぐらい怖くもなんともないか。

 でもでも、私は普通の人間である。
 強い力を持っている訳でもないので黒い服を着た怖いお兄さんが来たりしたら両手を挙げて降参のポーズをするしかない非力な一般人である。なのでインターホンを鳴らされてギョッとしたのは仕方のないことだと言い訳したい。そう、特に今は私も追われている…いや、どうなんだろう。追われていないかもしれないけれど、間違いなく隠れている身であることに違いはないのでこういう事態は非常に困るのだ。まあヴァリアーの人達だったらこんな律儀に玄関からじゃなく窓を蹴破ってでも入ってきそうなんだけど。
 もちろん家主の恭弥が何かしらの用事があって帰ってきた可能性だってある。その時は失礼になるからなあ、と一応念の為にすぐに返事をすることはせず、また玄関に向かってドタバタ音を立てて走り寄ることもせず、息を殺し、玄関先のドアの覗き窓に顔を近付けて相手を探る。

 …ここまでは後々自分の行動を省みたところで反省すべき点はなかったはずだった。百点満点とはいかずとも、不可ではなかったのだと信じたい。
 だけどそこからがあまりにも宜しくなかった。覗き込んだ窓の向こう。そこには金髪のイケメンが立っていて、私はどうしていいのかさらに悩むことになったのだ。
 これが知らない人であれば何も見なかったことにして居留守を使えばよかったのだと思う。だけど私は残念ながらこの人物の名前を知っている。そして、恭弥と完全に無関係にある人物でないことも、残念ながら知っていた。

(すっかり忘れてた…)

 並盛の学生がこの場所を知ることができたのなら、マーモンが私がここにいることを知っていたのなら、並盛陣営側の人間にバレないって何で思い込んでいたのだろう。

 ―――そう言えば、と思い返すのは少し前、ヴァリアー編の始まりのとき。

 あの時も誰かが雲のハーフリングをポストに入れたんだった。あれも割と不用心だなあと思っていたんだけど犯人はこの人だったんだろうか。あの時点で色々と知られていたのだろうか。ボンゴレの情報網は侮れないのは何となくわかっていた。だって恐らくクローム髑髏を探し出したのもこの時点だったし。ならこんな隠しもしていない恭弥の別宅もそうだし、そこに住んでいる私の情報だって調べようと思えば何だってできたはずだ。
 とまあ、何となく納得できたところで扉の向こうの人、ディーノさんのことに戻る。確か記憶では学校関係者でもないにも関わらず平然と並中に乗り込み屋上で恭弥と血と汗を流しながら授業と言う名の戦闘をひたすら行っていた人だ。私とは無関係なので恭弥に用事があるのならそっちに直接向かえばいいと思うんだけど。

(私としては初対面でもないんだけど、ね)

 押切ゆうとして並中に通っていた頃に一度、お世話になったことのある人だ。だけどそれっきりだったし、向こうは私の事情まで知らないはずなのでこの姿では初めましてになる。
 いやでも予想外の人物の登場に本当に息が止まるかと思った。そして私は返事をしていないにも関わらず向こうからこっちを見て「チャオ」なんて気さくに挨拶をしてくる始末。
 どうしたらいいのかほんの少し悩んだあと、チェーンをかけたままドアを開ける。

「あのう、家主は今学校にいるはずだと思うんですけど…」

 開けた理由を、私はそこまで深く考えていなかった。
 多分だけどヴァリアーの人だったら開けてはいなかっただろうし、リボーンやツナ達であっても私は居留守を続けていたんだと思う。じゃあどうしてなのかって、この人は無害の可能性が比較的高いんじゃないかと感じたからだ。
 ディーノさんはボンゴレと同盟関係にはあるしツナにとっては兄弟子に当たる人だけど、それだけだ。なんと言うか、だからと言って外部からの支援はしてくれても害を成すようなことはしないような気がする。
 直感みたいなものなんだけど、これでドアを開けた途端に銃を突きつけられるようなことがあったらもう私はこの世界の住人を一切信じられなくなるだろう。こればかりは私が原作を知っているから、ディーノという人間の一端を知っているからとしか言えない。

 幸運なことに私が世界に絶望することはなかった。
 銃が出てくることもなく、彼の武器である鞭がその手に握られているわけでもなく、またどこぞに隠れているであろう彼の部下が私をとりおさえることもない。近くにはいるんだろうけど少なくとも私の視界には他の黒服の方は見当たらない。
 そのことに少しだけホッとしてディーノさんを見上げる。
 こっちはまだ若干の警戒モード。きっと力づくでは負けてしまうんだろうけど、ドアにはチェーンがかかってあるし、無理なことをすればここは平和な日本なので誰かが通報してくれるかもしれない。大きな声を出すことだってやむを得ないと思っているし、片手には携帯を持っている。これでも前回拉致された時から多少は学んでいるつもりだ。

「…ああ、恭弥にはこれから会いに行くつもりなんだが」
「?」
「お前に話がある。…藤咲、少し時間をくれないか」

 言葉尻は柔らかでお願いのようにも聞こえるけれど、彼の表情はそう言っていない。どういう話かは想像もつかないものの逃れられないんだろうなあ、と何となく察した。そもそも私にはここしか居場所がない。外に出ればもっと危険なことになるだろうし、ここを知られている以上、また、もしかすると恭弥が関わっている話になるかもしれない以上はこれを聞かなかったフリをすることはできない。
 じゃあ、私ができるのはもう限られているのだ。
 本人を目の前にして申し訳ないけれどこればかりは許されて欲しい。ハァ、と隠すこともなく大きな溜め息をひとつついて私はドアのチェーンを外し、彼を家の中に招くようにして大きく扉を開く。

「…どうぞお入りください」
「いいのか?」
「あの…申し訳ないんですけど、このままじゃ目立つので」

 あなたの容姿は特に。
 この世界の基準はよく分からないけど外国の方で、こんな観光地でもない並盛の、何の変哲もないアパートにこんなキラキラした人が長居するだけで噂になりかねない。立ち話して誰かに聞かれても嫌だし。まあ近所の人なんて見かけたことはないんだけどね。

 案の定、本人はよく分かってなさそうな顔でこくりと頷き、私の提案をのんだ。



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