03



 とんでもなく大きな爆発音がしたのはちょうどそうやって何冊かの求人雑誌を手に、コンビニを出た直後だった。

「うわっ!」

 何も行動が取れないまま振動が襲いかかり、パラパラと建物からホコリのようなものが落とされていく。ついでに店の前に設置されたゴミ箱が盛大に揺れ、うち一つが倒れこんで私に当たったんだけど相変わらずこの不思議な体質のおかげで痛みは感じられず済んだ。が、このまま他のものまで倒れて身動きが取れなくなるのも困る。こういう時こそ避難訓練を思い出したらいいんだろうけどそんな記憶は今突然の出来事にスポーンと飛んでいってしまったらしく、とりあえず慌てて何も落ちてこない場所へと少し進み、周りを見渡した。
 周りの人たちもどうしていいのか分からない、といった様子だった。が、次の瞬間ドシンと今度は大きく縦に地揺れに驚いて全員が一斉に動きが止まる。やっぱり地震なのだろうか。それにしては何だか…頻繁すぎるような。

「逃げろ!」
「早く! ここは危ないぞ!」

 その答えを教えてくれたのは三度目の揺れ、そして向こうから走ってくる人達。
 さっきまで近くにいた人達は彼らの様子に完全に影響され何が起きたのか理解することもなくそのまま並盛商店街の外へ向かって走って行ってしまった。そんな中、私が足を止め逃げてきた人の方を見たのはただ好奇心が勝ってしまったからにすぎないし、もしかすると他の人よりも身体が頑丈というこの世界に来た特典を受けていることからくる何の脈絡もない自信だったのかもしれない。
 ザアアと激しく舞う土埃。吹き付ける砂嵐、それから花火のあとに充満するあの火薬のにおい。目を細めると並盛商店街の中心から離れようとする人々でいっぱいで、つい数分前はいつもと同じ平穏な並盛だったのにいつしか戦場へと変わっている。これが日曜日の午前中だと思えないぐらい人は居なくなっていた。
 何がどうなっているのか分からないまま粉塵が未だ舞いっぱなしの商店街の真ん中に目を向けてみればそこには更に非日常が広がっている。

「う゛お゛ぉい!」
「…………運、良いのだか悪いのだか」

 いや、運はきっと悪い方なんだろうなあ。
 目の前に広がる非日常。向こうで誰かが戦っていて、それに巻き込まれないよう他の皆が逃げている危うい状況をすぐに把握することが出来た。至って私は普通の一般人。何も出来やしない並盛の住人Aにすぎない。だから少し離れた場所で繰り広げられている戦闘がどれぐらい高いレベルのものかなんてことは分からないけど兎にも角にもド派手にやりあっていることだけはよく分かる。
 呆然とその光景を目の当たりにしている私のことを誰も気にかける人はもはや居ない。あちこちから逃げろという罵声、運悪く巻き込まれた子供の泣き声、金属が擦れる音、誰かの大きな声。辺りを観察しているうちに気が付けば周りは誰も居なくなっている。
 つまり私も早く逃げなければならないんだろうなと目の前で唯一見知った京子ちゃんが他の人達と同様並盛商店街から走って遠ざかっていくのを見届けながら大きく溜息をついた。もちろん前を向いて必死に走っている彼女と私が目を合わせることはない。彼女とクラスメイトだった”押切ゆう”と私はまったく別人なのだから当然だろう。というか、あー…なるほどね、そういう日なのか。

 例の日が来てしまった。私はそう勝手に決めつける。

 ヴァリアー編の始まりはS・スクアーロによる来襲。初めて彼の声を聞いたけど幸い遠かったお陰でその大声で鼓膜をやられることもなく、またこちらに向かって剣を振りかざされることもない。衝撃波みたいなのがビュンビュンやってきて怪我をするんじゃないかとは懸念したけれどこの場所だととりあえずは大丈夫そう。ともあれやって来てしまったのならば仕方ない。この事件は避けられないもの。なら私が出来ることといえば危ないことはせずに、余計なこともせずに大人しく帰るだけ。一刻も早く、可及的速やかに大衆に紛れ込むことだ。
 そうやってすぐに判断できたのはある意味異常といえば異常だったのかもしれない。だけど私としては知っているからこそ当然のことだった。怖くないというより私が何もされないとわかっているからこそ恐れる心配はない。だからそこまで怯える必要はないのだと湧き上がる謎の自信。日にちは覚えていない。だけど何となく、まだ記憶の片隅にあるんだ。黒曜編の次のお話、ヴァリアー編がまもなくやって来るということを。覚悟はあった。自覚はあった。だから、ああなるほど。やっと来たのか。なんてそんな感想しか持てずにいたというわけで。

(お、ディーノさんだ)

 できるだけ他の一般人と紛れて逃げようと小走りで商店街の外へ向けて走っている最中、この辺りではあまり見ることのない金髪に一瞬だけ足が止まる。彼、随分久々に見たな。前回は会うこともなかったし、しかも仕事モードを見るのは初めてのことだ。初めて会ったのは並盛デパートだったし、ロマーリオさんが居ないときだったからダメダメだったし。だけどやっぱり格好良いなあと思うことぐらいは赦してほしい。紙面上だからとかそんなことはもう言わない。だけど関わらないと決めている以上、私からなにかする訳もなく。

「っあ、」

 ちらりと目が合ったような気がするけど多分逃げ遅れた一般市民だとも思っているのだろう。何か叫ばれた気がしたもののあちこちから聞こえてくる爆音で聞こえることもなく私はまた家へ向かって走るのだった。
 なるほどこの時期はこんな格好をしているのね、とディーノさんの服装をばっちり確認し脳内にインプットしたこともまた、許してほしい。私は一般人だけどコスプレイヤー。できることならばキャラクターの衣装は覚えて、いずれ自分の趣味であるコスプレに使えないかと思ってしまうのは最早染み付いてしまったクセなのだ。しかし、…何だろうあのTシャツの柄。いつもアニメを見ていて思ってはいたんだけどあの柄Tはどこで買えるのだろうか。



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