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 現状と私が置かれている状況を再確認する。
 今は嵐戦、ベルと隼人の勝負も終盤を迎え私達はそれを見守っているところだ。当人たちは図書室で勝負中、私たちはその様子を校舎の端にある観覧席で画面を通して見ている。…私に関しては見ることを強制させられている。これだけが原作との相違。私という異物が紛れ込んでいるけれどとりあえず私の知っているリボーンの話の流れとしては何一つ違ったことは起きていない。アウトだけどギリギリセーフ。そんなところかな。

 観覧席は二箇所。
 並盛組とは離れたところに場所を設けられているおかげで正体を知られたくない私としては助かっていた。ちなみにヴァリアー側もツナ側もベルと隼人の勝負の観戦はできるものの互いの観戦席自体は見ることができないようになっている。つまり私はツナ側がどんな話をしているのか、どんな表情で見守っているのか確認することはできないようになっている、というわけだ。
 だけどバッチリ画面に映っている隼人の表情や言動からどうやら原作の通り、私の記憶の通りのやり取りがツナたちと行われているはず。…せっかくの場面だ、聞きたかったといえば聞きたかったけど、聞いたら聞いたできっとスクアーロに後ろから蹴られるような反応をしてしまうに違いなかったのでここでは助かったのだと思っておく。逆にこっちもフラッと気絶したり蹴られている様は見られたくなかったし、万が一この風でフードがめくれた場合顔を見られることになっただろうしちょうどよかったのかもしれない。
 そしてツナと隼人のやり取りがあったようにこっちはこっちで動きがある。ベルの敗北はほぼ確実だと思っていたものの彼の胸元にかかったハーフボンゴレリングに手を伸ばした瞬間、ベルがほぼ意識もないフラフラの状態で隼人に掴みかかった時はスクアーロが横で異常な奴だと評価しつつ僅かに口元を歪ませたのを私はこの目で確かに見た。ベルへの応援の言葉は相変わらずなく、だけど隼人の表情が一変、何かを画面に向かって叫んだりと向こうでのやり取りを確認したその瞬間、―――その時はやってきた。

 ドガガガァン―――!!

 一際響き渡る大きな爆発音。さっきから頻繁に起きる小さな振動とは比べ物にならないほど大きく揺れる建物。カメラが爆発でつぶれてしまったのか、驚いて目を離した一瞬のうちに一切の映像が途絶えてしまった。次いでザーという不愉快なノイズ、砂嵐。
 私が受け取ることが出来た情報はたったそれだけで、だけど早くこの試合が終わって欲しいという私の願いは比較的早く聞き遂げられたのだと悟る。

 さっきのやり取りは恐らくシャマルと隼人、それからツナと隼人との例の会話だったのだろう。すなわち、このままだと爆発に巻き込まれ二人とも死んでしまう可能性があるから隼人のリングをベルに渡せという指示。つまり隼人の敗北を意味する。それを渋った隼人にツナが怒る。そんな場面だったはずだ。
 勝利と、ツナの右腕。異様なほど執着していた隼人にとってその二つはどちらも絶対に譲れないものだった。シャマルからの言葉だけだったらきっと隼人は断っていたに違いない。もしそのまま進んでいたとすれば…二人とも死ぬ運命から免れることはないだろう。
 でもそうじゃないと私は知っている。今、誰もが二人の生命の行方を心配している中、私だけが大丈夫だと知っている。……信じている。

「終わったか」

 今は目や耳で察せることは何もなく、だけどこの中で隼人がリングをベルに渡した後、ツナ側の方へと移動しているところなんだろう。私の後ろにいるヴァリアーの人達なら画面越しでも気配だとか何だとかでそれを確認できているのかもしれないけどそこまでは私にも分からない。
 だけど私は信じるしかなかった。隼人はギリギリ間に合った。ベルはすでに意識がないような状態だけど勝利した。…そうじゃないとならないから。そうじゃないと物語から逸れたことになってしまうから。

「さあ行くぜぇ。どっちが勝っても構わねえ、オレはそろそろ戦いたいんだからよお」

 チェルベッロたちの出迎えも判定の声もない。よって、ヴァリアーの人たちは現段階でどっちが勝ったかすら分かっていない。なのにこの明るさ。もしもベルが死んだとかそういう結果になってもきっと慌てることはなくこうやって受け入れるんだろう、とすら思わせられるほどの気楽さ。
 重たい足をずるずる引きずり、勝負の結果と明日の対戦相手を聞きにツナたちの方へと向かう。窓ガラスはやっぱり無事なものは一枚たりともなく、歩くたびに不快な音が鳴った。いつもの靴だったらきっと怪我していたことだろう、なんて余計なことを思いながらジャリ、ジャリと歩いていく。

「先にベルの身体も回収しなくちゃね」
「そうだなあ」

 通り過ぎようとした図書室の前でマーモンが提案し、頷いたスクアーロがその無駄に長い足で躊躇いなくぶち抜いた。ガシャン! と大きな音が鳴りドアがへこみながら図書室の内側へと吹っ飛んでいく。そこは剣で滅多切りにするわけじゃないのか、とも思ったけどそんなことするよりもきっとこっちの方が早かったのだろう。

 蹴破り、入った図書室はひどい有様だった。
 私が図書室へ最後に立ち寄ったのはもう一ヶ月以上前になる。あれから配置なんかが変わっていないだろうけど、前と変わっていない場所を見つけるのが困難なぐらいそこは戦場と化していた。本棚はどれも破損し、そこに収納されていた本はすべて放り出されている上に爆破で破けているし燃えている。空気は燻り、熱く、まともに呼吸することは厳しい。まるで火事の後のようだ。そんなふうに思う。
 そしてベルと隼人が戦っていたところだろうと思われた場所にあった本は特に血まみれだった。燃えた髪の匂いに加え、さらに嗅いだことのないきつい匂いに鼻をしかめながら辺りを見渡すと黒煙の先にベルの足が見える。

「……」

 ――ベル。
 ピクリともしない彼の身体に一瞬不安を覚えたけれど胸元にボンゴレリングがあることを目にする。あの歪な形のものではなく、ちゃんと一つになったボンゴレリングを。私はそれを見るのに精いっぱいで、だけどスクアーロが彼が生きていることを確認した。「しぶてえ野郎だなぁ」なんて言っているけどその口元にわずかに笑みが刻まれていたのは勝負に勝ったからなのか、生きていたことに安堵していたことなのか私には知る由もなく。

 人が生きている、と安堵したのはいつぶりだろう。

 漫画の中でしか見ていなかった光景、これから何度も人が死にかけるようなシーンは見てきたけど実際こうやって目にするのはそう慣れるものじゃない。黒曜編で歯を抜かれた押切さんも、骸にいたぶられた恭弥の姿も見るたびに心臓が止まるような衝撃を受けたし、その後、生きていることに安心した。今もそう。血まみれではあるけどベルの華奢な肩が上下し、呼吸をしていると気付くと次に心配なのはその怪我の状態で、私は何も考えることなくベルの方へと駆け寄った。

「意識取り戻したら危ないぜえ」

 スクアーロの軽口が後ろから飛んでくる。けどその気軽さはどうやら勝手に動き出した私を怒るつもりはないらしい。静止させたいのかよく分からない言葉を無視し、ベルの元まで行くと膝をついて頬についていた汚れを拭う。

 ……私の中で、彼らの位置付けは非常に曖昧なものになっているということにもはや気付かない振りはできなかった。
 ヴァリアー編というサブタイトルにもなるぐらいだ、もちろんここでは彼らは新たにやって来る災厄にして敵。そんな扱いのはずだった。
 だけどそれはあくまで主人公側から見ての話。読者視点の私も初めはそうだったけど、こうやって拉致されたとは言え一週間ほど共に生活すれば色々変わるものだってある。ただ主人公からすると敵で、私にとっては少なくとも敵ではない。だけど味方でもない。そんな感覚を持ってしまっているのだった。人が傷つくことを良しとはしないけど、どうしても私が見据えるのは最終巻の最終話である以上ここは避けられないものだと受け入れているからなのかもしれない。戦闘が嫌だと喚くけどこの話の流れを変えようだとか一切動かないのはそういうことだ。自分にそんな大それたことができるとは微塵も思っていないけど。

「う゛お゛ぉい、藤咲!」
「…あ、むりごめん」

 とにかく、知っている展開であってもこれほど安堵したことはない、というわけです。貧血に近いようなそうでないような。ここまで貧弱な体質をしているつもりはなかったんだよホント。

 きっとこれは限界まで張り詰めていた緊張がほどけたのが原因。
 横にやって来たスクアーロがゴーラ・モスカにベルを運ぶよう指示しているのを聞きながら私はあっけなく意識を手放した。



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