31



 ベルの勝負を終え、奴の生存を確認したと同時にくたりと力なく倒れた藤咲の貧弱な身体を受け止め、その空っぽの頭の上から「上出来だ」と呟いた。そう、この女にしてはよくやった。よくここまで意識を保てたものだ。さっきまで顔を青くさせ体を震わせながら拳を握りしめていたにしちゃ、な。ま、もうオレの声なんざ聞こえちゃいないだろうが。
 藤咲ゆうは体質こそ普通じゃねえが思考その他はその辺の雑魚と同じ人間だった。これは奴を日本から連れてきた時点での評価で、概ね他の奴らも似たように思っていただろう。XANXUSから放り投げられた時はどうなることかと思ったしこいつがどう特殊なのか知ろうと色々試行錯誤している最中は先の炎の件が何らかの事故だったのかと落胆を隠せなかったことはまだ記憶に新しい。結果的に打撃に関しては人間離れした頑丈さを持っているってのがこいつの特筆すべき特異体質だった。が、まだ分からないことはある。

 全てのことに対しあまりにも疑問を覚えなかったこと、だ。

 無理やり連れ去られた藤咲にとって事情も何もかも知らなかったはずだった。何故拉致されたのか、何故あんな実験をされたのか、何故こんな扱いを受けているのか。
 それでいてこっちの奴らの名前は全部知ってやがった。名乗った奴は一人もいなかったし、どういう得物を得意とすることかすらも知らせなかった。なのに実際奴の目の前に出してみても驚くことはなかった。何をしようにも、あいつは驚くことはなかったのだ。まるで資料をあらかじめ読んでいたかのように。
 だがそんなはずはない。そんなことは、有り得ねえ。俺たちの情報がそう簡単に外部に出るはずがねえ。じゃあ、何だこの女は。何者なんだ、こいつは。
 色んなことを考えたが結局闇の中。XANXUSが連れてくるよう命じた以上、オレにできることと言えばもうそう多くはない。

 日本に連れて行くと決めたのも当然XANXUSだ。隊服を与えると呑気に喜んでいた藤咲をどうするつもりなのかこの件が終わるまでに奴に問うつもりだったが……まあ、見事にこの女は一発日本のガキ共にぶちかましてくれたおかげでオレもまあ機嫌はいい。肉体的にではなく、メンタルに一発。勝負以外で奴らに手を出せない以上かき乱してくれたおかげで奴らの性格やら何やらの一端が見てとれた。分かりきっていたがただのガキだ。オレたち暗殺部隊を見て、XANXUSを見てビビり散らかすような普通の、その辺にいるような、ガキ。

「……まあ、こいつも底辺と言えば底辺だが」

 同じ一般人である藤咲も同レベルだったがこいつはなかなか面白い歪み方をしてるんじゃねえか。そうだ、恐々と戦闘を見ていたのは向こう側の人間と大差ねえ。だが、こいつは。こいつのさっきの目は。横目で見ていたあの時の様子を思い出す。

 ほんの少し、何かに期待した目をしていた。
 それでいて周りを冷静に見ることができていた。

 恐怖に入り混じった、ほんの僅かな希望。期待。勝負の成り行きを見ることに対し恐怖していたがこいつは初っ端で気を失って以降は画面から目を逸らすことはなく食い入るように見ていた。あの状況の中、こっち側の勝利を信じてやまなかった辺りはベルの教育の賜物っていうところかもしれねえが。

「レヴィ隊長! 何者かが校内に侵入しました!」

 チェルベッロの宣言通りなら次はようやくオレの出番。ベルもそうだったがやはり血を血で洗うような戦闘の後はオレも早く戦いたいと血が躍る。ましてや自分が次の番だと知り、また相手が剣士であると分かっていりゃ一晩待たずとも今すぐこの剣でかっさばきてえと願う。だが今日は店じまいだ。あんまり自由にするとどこぞの誰かか喧しいからな。
 じゃあ帰るとするかと動こうとしたその時、レヴィの部下共の焦った声。いつもなら冷静な奴らが慌ててオレたち幹部の前にやって来るとなりゃこれは想定外の出来事。建物のどこかで小競り合ってる奴らの音がしたと思ったがまさか侵入者で、しかもそれがこっちにとって敵となるならば。ああ、まだ面白いことが起こるに違いねえ。

(…となると、こいつは邪魔だなあ)

 腕にいる一匹が。
 ちらりと視線を落とすと一階の外にはヴァリアーの精鋭部隊が何人か待機している。まあ、アレでいいか。窓はちょうど開いていることだし、――ああ、そうだ。こいつは投げても怪我はしねえがガラスだと切り傷扱いとなり怪我するかもしれねえなあ。オレとしてはどうでもいいし、どうせすぐに治るだろ。
 軽く持ち上げ、窓に近付けると外から漏れる風が藤咲のフードを剥ぎ取った。ったく、こんなフード被って面倒くさくねえのかよ。どうやら顔を見られたくなかったようでわざわざマーモンがつけてやったらしいが……仮面でもなんでも被りゃ良かったのにこれはまるで見てくれと言わんばかりだ。
 そんなオレの感想とはまた違い、奴らはまた異なった感想を抱いたようだった。

「女の子をどうするつもりなんだ!」
「あ? どうしようが勝手だろ」

 オレの気のせいだったのか。こいつはどうやらあちら側の知り合いだったはず。どちらかと言えば向こう側は直接ではなく知り合いの知り合い程度だったような気がする。もっともその件に関しては藤咲がこれまた青い顔をし悲痛な声で拒絶していたのだが。
 …まあいい。オレにはどうせ関係のないことだ。

「お前らが見捨てた化け物の成れの果てだ」
「…え」
「その点だけは感謝してるぜえ。おかげで良い駒が手に入ったんだからなあ!」

 何の因縁があったのか知らねえし興味もねえ。
 ただハッキリしているのは奴らとこいつは縁があったってこと。そして、それを何らかの理由があり藤咲がバッサリ切り捨てたってことだ。XANXUSを『ボス』と呼び、懇願することで。
 縁は一方的に断ち切られた。藤咲は恐らく拠り所のひとつを失い、背を向けた。それの意味することもまた、オレにはまったく興味はなかったが。

「お前ら、こいつを受け取れえ!」

 声を上げたと同時に藤咲を投げ飛ばす。幸運にも奴の体は窓枠に当たることなく綺麗に放物線を描き外に投げ飛ばされ、地面に激突することもなく慌てた様子の精鋭部隊の腕の中へすっぽりと入った。まあ弱く、小さく、軽い身体だ。あんなモンで奴らが怪我をすることはなかったし取り落とすことはなかったが…ああ、そうだな。あえて怪我をしないところを見せるのもまた手だったのかもしれない。化け物だって改めて分かるように。まあこんな暗がりだ、見えねえ可能性の方があったか。

「先に行け!」
「はい!」

 そして未だ何かものを言いたそうだったガキとオレたちの前に、一人の男が姿を現す。校舎の中で待たせておいた雷撃隊の人間を何人かご丁寧にぶっ倒しつつ、だ。向こう側の人間らしく三者三様、異なる表情を見せたがとりあえずこちらの敵だとみて間違いないらしい。

 男の名前を知らなかったが、顔は知っていた。
 ガキ共と違う服を身にまとったそいつは藤咲をさらったときに側にいた男だった。こっちを見てもなんの反応も無く、ただ不法侵入だかなんだか、建物破損だかなんだかを理由に武器をこちらへ向けている。まだ藤咲が攫われたことに気付いていねえのか、それともそういう仲ではなかったのか…それこそ興味のない事案で、だがオレは口元に笑みが浮かぶのを隠しきれなかった。

「…お前が、そうかあ」

 恐らくこいつが、最後の拠り所。藤咲ゆうが縋る場所。こいつさえ居なくなればあの女は今度こそ全てに興味を失うだろう。それこそ、日本からも。帰りたいなんて言葉も言わなくなるに違いねえ。
 惜しいことをしたなあ。お前はあの時異変に気付いてやるべきだった。オレの手から逃げようとした藤咲の気配に気付き振り向くべきだった。そうなってりゃ……まあ多少は話も変わっていたかもしれねえなあ。
 だが、もうすべて遅い。
 あいつが他人の前でオレたちのボスに対し同じ呼称を口にし、跪いたその時から嘘では済まされなくなっちまった。例え見ていた奴らが同じ機関の連中であろうとも演技でしたとは済まされなくなっちまった。ましてやボスさんが藤咲のそれに対し肯定したとならばなおさら。つまり、藤咲は何も考えちゃいなかっただろうが客人からヴァリアーの一員となっているわけだ。上手くオレたちから逃れられたとして、今度はボンゴレの本部の連中が黙っちゃいねえだろう。奴の知らねえところで、既に手に負える状態じゃないところまでキちまっている。それが滑稽でならねえ。

 賽は投げられた。

 もう誰も流れを止めることなどできやしない。
 レヴィが興奮気味に攻撃を仕掛けに行っているのを見ながら、オレは笑いが止まらねえ。



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -