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 嵐戦自体は十五分とそう長くはない。時間制限があることはあらかじめ言われていたけど、それでも一時間にも二時間にも感じられたのは見続けなければならないという自分の中で生じた義務感と、いつまでも慣れることのない戦闘に対する嫌悪感と強制的に見せられているという緊張感と戦わなくちゃならなかったからだ。私が別に戦うわけでもないのに。
 視線を落とせばスクアーロが小突いてくるし意識を手放せばこれまたさっきみたいに蹴られてでも起こされる。どうやら私は見なければならないらしい。ここにいる人たち、つまりチェルベッロ、ツナたち側にはすでに私もヴァリアー側であると紹介されたようなものであり、そうなるとここへ来てしまった以上私はヴァリアーの人間として堂々と立って勝負を見届けなければならないのだ。本当は嫌だけど。可及的速やかに家へと戻りたい気持ちでいっぱいなんだけど。
 駄々を捏ねようにも今、私の隣にベルがいない。守ってくれていた、とは言い切れないけど多少大目に見てくれたり少なくとも意見を聞いてくれたりした人間はまさに生命がかかった勝負の真っ只中だ。

「間もなく約束の時間です」

 精神的にも色々と限界が訪れている中、身体だけはなんとか轟音にも建物の揺れにも慣らされた頃、チェルベッロがそう大きくはない声で宣言した。約束の時間とは恐らくタイムリミット。あらかじめ言われていた十五分が経過したということだろう。
 だけどこの嵐戦というのは時間が来た瞬間勝負が終わりという訳じゃない。ピーピーというどこか人を焦らせるような不快な音が響き渡った。
 それを合図にハリケーンタービンの爆破が始まり、学校内がガシャンガシャンと大きな音を立てて壊れていく。

「ぎゃあっ!」

 画面なんて見る必要もない。目で確認できる規模の大きさで思わず色気も何もない悲鳴をあげたけど残念ながらヴァリアー側の観覧席でそんな反応をしたのは私だけだ。ツナたちの方だってきっと同じ反応だったはずなのに。というか私も一般人でしかないんだからそれが当然のはずなのにどうやらお気に召さないらしい。
 周りから冷たい視線をいただいたものの幸いそれ以上何も言われることはない。黙ってろと言わんばかりの表情だったのでとりあえず言うことを聞いておこうと頷きながら、動くこともないゴーラ・モスカの隣でそっと視線を落とす。

(……学校が)

 学ぶための場所が、違う機関の、全然関係のない誰かの思惑の所為で壊れていく。頑丈な建物が呆気なくあちこち破損されていくその様はまるでおもちゃのようだった。
 このままだと私たちの使っていた教室やよくお世話になっていた図書室は被害を免れないだろう。それも彼らは明日になって登校しても気付かず普段通りの一日を過ごすのだ。当然普通の学生は夜の並中でこんな激しい戦闘が行われているなんて知らないわけだし。こんな惨状が誰にも気付かれないなんて変な感じはするんだけどすべてはチェルベッロの隠蔽によってだから仕方のないことなのかもしれない。
 そんなことを考えつつ辺りを見渡している間にもタービンの爆破は止まらない。
 この間、約数十秒。幸いにも観覧席には何の影響もないことはチェルベッロが後から説明してくれた。その点に関しては安全だったけどベル達が戦っている舞台は酷い有様で、窓ガラスも全部割れている。爆発による焦げ付いた匂いがこちらにまで充満し、ちょっと気分も悪くなるけどこればかりはどうしようもないと半ば諦めカメラを見続けた。

 図書室へと移動した彼らの戦いももう大詰めを迎えている。
 意識をぶっとばした状態のベル、片や満身創痍の隼人。流血も傷の数も程々と言ったところなのかもしれない。見ている方も痛くなる、危うく、恐ろしい勝負だ。スクアーロに命じられたまま嫌々映像を見続けさせられているわけだけど正直もう一度気絶したいとすら思っている。

 知っている人が傷ついている。
 それは思ったよりも、覚悟していたよりも辛いことだった。私がどうにかすれば解決できる問題じゃない。これは避けようもない話。ハッピーエンドに至るまでに避けては通れない道。万が一私が何かをしでかしたとしてこのルートを迂回できたとしても私の知っている最終話に辿り着かないことだけは避けたい。
 なんといったって私は元読者だ。記憶にある、この世界にやって来ることがなければ漫画だけで終わった話。このシーンだってページ数にして約数十ページの物語、読むだけならそれこそ十分もあれば簡単に読み進められてしまう架空の話が今目の前で現実に起こっている。匂いも、音も、生も死も何もかも感じられるほどのすぐそばで。
 …もし、もしもだ。
 こういう戦闘を、人が傷付くことを無くしつつ知っている最終話よりももっと良いエンドを見つけることが出来たなら私は躊躇うことなくそれを選ぶんだと思う。巻き込まれ振り回されてばかりの私が何かを思いつくことなんて出来やしないんだけど。

「あれ、どっちが勝つと思う?」
「流石に向こうじゃねえか」

 私の後ろにいる彼らの会話が聞こえてくる。
 彼らは夢を見ない。理想論を決して口にしない。仲間を贔屓することはない。
 こうなったベルをあまり見ることがなかったのか結構興味津々、或いは若干感心したように始終戦闘を評価するように見ていたようだったけど間もなく勝負が決まると分かれば他人事のように勝敗の結果を決めつけていく。

 こんな状態になってしまった以上確かにベルの勝利は難しい。そう思うのが当然だ。だから仲間の勝利は信じず、切り捨てる。またベルが死んでしまうかもしれない状況でも、ツナがランボを助けに入ったように彼らは動くことはない。
 まさに非情。
 そう詰ってやりたいと思う反面、彼らは人間であって非情な生き物であるということを再確認せずにはいられない。彼らは暗殺部隊、並一般の、普通の感覚をすでに捨てているのだから。そうやって冷静に、冷酷に判断し、時には仲間や部下をも切り捨ててここまでやって来た人たちなのだから。漫画で読んでいるときにはまったく気づかなかった側面であり、本質なのだ。そして私とは一生分かり合えない部分でもある。

「…勝つのはベルだよ」

 私はそうじゃない。ちょっと変わった体質ではあるもののそれ以外の思考なんかは普通の一般人でしかない。そんな切り捨て方はできないし、今後どうあったって習得することはないだろう。
 会話に割り込むことはなかったけれど、というか今も割り込むつもりはなかったけれど彼らに抗うかのように私の意見を紡ぐ。思っていたより声は小さく、だけど不思議と震えてはいなかった。今の状況を誰よりも怖いと思っているくせに。

 そうだ、勝つのはベルだ。

 戦闘には負け、勝負には勝つ。隼人はギリギリでリングの入手を諦め、彼のために怒ったツナのところへ戻る。嵐戦は終了し、ベルの勝利となる。
 そういう筋書きでありそうなることを知っていた。…というか、そう信じているしそれ以外有り得ないと思っている。知識や情報が力になるとよく言われているけれどまさにそう。ここにいる誰よりも非力で立ち向かう力を何一つ持っていない私が持ち得ている唯一の武器。記憶だとか知識だとかいったその武器だけで立っているといったって過言じゃない現状で、その記憶通りに物事が進まなくなった瞬間私はその武器すら喪ってしまうことになる。それがとっても恐ろしい。
 「へえ?」とスクアーロが楽しそうに笑ったけど私としてはそれどころじゃない。知っている内容でも早く終わって欲しいものは終わって欲しい。怖いものはどうなったとしても怖いのだ。

(…早く、)

 知っている物語の通りであることを確認したい。これ以上見たくはないけど見届けたい。
 色んな感情が絡み合い複雑な気分になりながらも、ただただ私はカメラを見続けていた。



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