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ちなみに私にとって最悪なルート、とはこの世界でのできごとが原作から離れてしまうことだ。
たとえばこのヴァリアー編。今となっては色々と記憶が曖昧なところもあるけれど、大筋と言うかメインとなっているのは『リング争奪戦』になる。戦うのは同じ組織といえば同じなんだけど、XANXUS率いるヴァリアー側とツナをトップに置いた並盛側。ざっくり言うと生粋の暗殺集団と最近まで平穏な学生生活を送っていた中学生の戦いで、各々選出された指輪の守護者候補たちが自身に与えられたハーフボンゴレリングを賭けて戦うという何ともシンプルで分かりやすい話だ。属性は全部で七つあり、もちろんその勝負も長さは違えど七回行われる。
登場人物はこれまでに比べれば倍増。…まあツナ側の人間はほとんどが黒曜編までに登場済みなので、覚えるのにそう苦労はしなかったかな。今回敵側にあたるヴァリアー側全員が新しく登場した人物になるけど、前述した通りこのストーリーはリングの争奪戦として互いの陣営から選ばれた一人ずつが戦闘することになるのでこの人誰だっけ!? 現象にはあまり陥らないと思う。たぶん。
内容は元々ギャグテイストの日常編から突然の戦闘描写が盛り沢山になった黒曜編をさらに上回る戦闘。流血描写が苦手という可憐な乙女は回れ右しようねっていう傾向になる。そしてとても顔の良い暗殺者集団の登場に初めて漫画を読んだ時は何故当時この漫画を読まなかったのかと地団駄を踏んだぐらいだ。
…話を元に戻そう。
すでに最終話までの話を知っている私に与えられた役割は何ひとつとしてない。ただ傍観するのみ。ただ静かに見守るのみだ。これはこの世界へやって来てから一貫して気をつけていることになる。
『各エピソードに何ひとつ過不足があってはならない。』
物語を進めるには必ず必要であるその人物たちが誰一人欠けてはならなかったし、もちろん勝敗が物語通りにならないのもよろしくない。最後はヴァリアー側の敗北として彼らは退場し、ツナが十代目候補として残る。そしてあまり日を空けることなく次の物語・未来編へと突入する。それが正しい筋書き。私の知っている物語になる。
なので当然といえば当然だけど、私はその邪魔をするわけにはいかなかった。キーとなる人間の言葉を横取りする形になるのも良くないし、物語を進めるのに不可欠なシーンに出くわしてはならなかった。それを決して忘れてはならない。自分の感情でそれを乱すわけにはいかない。失敗は許されない。
……今のところは順当に物語が進んでいると信じている。原作の世界に私という異物が存在している時点で間違いといえば間違いなんだけど、そんなに重要な役割を果たしているわけでもなく、ただのオブジェクト的な立ち位置。それが私の現状。皆とはそこそこ会話をするような仲になったわけだけど彼らにとって為になるような大した言葉を紡ぐこともなく、そうなるとただのモブ。そんなレベルだと思っている。
(…もっと読み込んでおけばよかったな)
記憶はやがて、色褪せていく。
この世界にやって来るまではあんなに覚えていたことも、今となっては自信を持って言えることなんてほとんどなくなってしまっている。平和な世界で週末にオタクの友人と趣味を語り合っていたあの頃と、毎日をなんとか生きている今は全然違うのだ。日々を一生懸命生きているうちに、段々と覚えていたはずのリボーンの内容が薄れていっているような気がしてならない。記憶がすっ飛んでいるっていうわけでもないんだけど、あのシーンってなんでそうなったんだっけ?とか、あの出来事の発端は一体なんだったっけ?とか思うことは増えた。抜け落ちてしまったところは何となく覚えているところの前後を思い出して、何となく埋めて、何となくで納得してる。そんな感じ。
それでも、ここまで来れた。
曖昧な記憶なりに、今はまだ大丈夫だと思っている。ついでにこのまま何事もなく進んで行ってくれればいい。話を引っかき回すことはしていないつもりでも、この時点で既にベルと隼人の戦闘は最後まで見ているし、雨戦は最初の方だけだったもののしっかり山本と話をする機会を得たりとなんだかんだ関わってしまったところはあるので反省はしている。余計なことをして違った結末をしているわけではないけれどこうやって関与しているあたりは手遅れとも言えないでもない。微妙なところだ。
(……それでも、)
それでも、不幸中の幸いというべきか、今回の霧戦みたいな全員が狭い場所で集まる体育館での戦闘観戦から逃げ出せたのはホントに良かったと思う。骸とマーモンの幻術を扱った、これまでの勝負とはまた一味違った物なので昔の私なら是非とも見たかったと純粋に残念がっていただろう。
だけど今は違う。
今の私は中途半端な場所にいる。並盛側…ツナの所属する側からすれば敵のように思われているかもしれないけれど、元々は恭弥の庇護を受けている状態だし、骸には私の存在を知られているし、ヴァリアーには自分達の場所に所属しているという認識を受けている。引っ張りだことは言いがたいけど、なんというか、危ういところに立っている自覚はある。ありえない話だけど全員が手を取り合い和解することになったとして『さあお前はどこに所属しているんだ』と四方から問われてしまえば私は何も返す言葉がなくなってしまう。本当はどこにも所属してはならないのだから。どこに対しても、深く関与しちゃならなかったのだから。
冷静な人間だったらよかったんだけど、生憎私はそういったものと真反対にある。ベルと隼人の勝負を見ている時だってどっちが傷ついで辛かったんだから今回もきっとそうなっていただろう。人を騙すような演技もできないので、骸とマーモンのどっちが怪我をしても騒いでしまいそうだし、どっちが勝ってもきっと心から喜べなかったに違いない。
さらに今回の件に限ってはそもそも幻覚を見るのは遠慮したいという意志が非常に強い。あれに関してはもうトラウマみたいなもの。マーモンの実験で幻覚を見せられ続けた結果、そうグロい内容でないにしろ軽く吐き気を催すか、意識を飛ばすのが得意みたいになってしまっているので、私としてもこれ以上強い幻覚を見ることは避けたいところだった。幻覚合戦を見ることになったら発狂していたかもしれない。霊感とかそういうのには疎いのでできることなら幻覚が見えない体質にして欲しかった。
「そういえば、もうそろそろ終わっている時間かな…」
ふ、と時計を見るといつの間にか日付をまたいでいる。結構長い時間ぼんやりしていたようだった。
当然だけどここからは何の音もしない。窓を開けるのは怖いので試してもないけど、恐らく目視でも気付けなさそう。この辺りもチェルベッロが上手く誤魔化しているんだろうな…。修繕費用がどこから出るのか不思議で仕方がないけど私には無関係なので何も言うことはない。図書室の被害もすごそうだなと思うと、押切ゆうとして通っていた私としてはほんの少しだけ残念だ。あそこで借りた地図やら並盛の歴史本なんかはオタクとしてかなり垂涎モノだったんだけど。またいずれ、落ち着いたら恭弥に頼んで借りてきてもらうとしよう。
ともかく、今は何もしないが一番。
「……見ない、という選択肢でも、それはそれで怖いかも」
いつになれば結果がわかるのか、わからないのが怖い。
私がその場にいることで何が変わるでもないし、むしろ今の状況こそ私が求めているものだったはずなのに、中途半端に関わってしまったせいでなにかが変わってしまったんじゃないかと疑ってしまう。私にそんな影響力があるとは思えないんだけどね。
今さら考えたって、遅いんだけど。
窓の外は真っ暗で、静かだった。いくら見続けても仕方ないなと早々に諦め、カーテンを閉め、ベッドに転がる。
そうしてぼんやりし続け、原作の流れを見ることもなく離れることができたのだとようやく感じられたのはその翌朝になってからだった。