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 マーモンの姿が見えなくなってから少しの間、緊張することになったのは仕方のないことかもしれない。彼の忠告通り他の人から探されることを考慮し、窓の鍵をすぐに閉め、カーテンもピッタリと閉じきった後、外が暗くなるまでは電気をつけることもなくただ大人しく本を読んだりして過ごすことにした。
 不思議なことにマーモンが戻ってくるんじゃないかと疑うことはなかった。彼は多分、私のことを他の人に言うつもりは無いんだろう、と思う。なら、XANXUSが再度私の居場所を探るよう命じない限り、私は私で油断しない限りはここに居続けることができそうだった。これはただの勘だけど。

「……へえ、今日は大人しくしてたんだ」
「失礼な。私だって好きであちこち行ってたわけじゃないんだからね」

 夕方になり、学校から戻ってきた恭弥は私の姿を目にするなり口元を歪ませた。どうして笑われているのかは分からないけれど家に居ることが意外だったのだろうか。…ああ、そういえばマーモンは性別不明だったけどこの人はこの人で年齢不詳の人物だったな。
 いつもと変わらないような他愛もない話をする中、窓からやってきた珍客のことを話すことはなかった。もしも何かされた、とか何か壊された、だとかそういった実害があれば報告すべきだろうなと思うけど実際マーモンと喋ったことで起こったのはせいぜい新しい疑問が増えたことぐらい。この家の場所を知られていたとしても、今更どこにも逃げ場なんてないし。恭弥に守ってもらおうなんてこれ以上迷惑のかかることはしたくもないんだけど、現状をかき乱さないことを考えると『何もしない』ことが一番良いように思えたからだ。

「じゃあ行ってくるよ」
「行ってらっしゃい。……気をつけて」

 だから私は外にも出ないし、余計なことは言わない。
 適当に余っていた食材で準備した夕食を共にした後、恭弥は再び外出した。行き先は特に言わなかったけど、たぶんディーノさんのところじゃないだろうか。彼の場合は強くなりに、とか、強くなる方法を教わりに、とかじゃなくただ単純に強い人間と戦いたいだけなのでもしかすると遊びに行ってる感覚なのかもしれない。
 一人になってから、改めて全ての部屋に鍵がかかっていることを確認して、ベッドへ横になった。今日は彼もここへ戻ってくることはないだろう。なので今夜は一人で悶々と色んなことを考える時間ができた。

(マーモンはなんでここまで来たんだろう)

 まず考えるのは彼のこと。
 なるようになれ、がモットーなんだけど気になることは答えが出なくてもとにかく壁にぶち当たるまで考えてみないと気が済まない。

 というか、ヴァリアー編に入ってから分からないことだらけだ。

 どうしてXANXUSは私のことを知っていたのか、ヴァリアーに所属させるようなことをしたのか、ベルが積極的にカラの指輪に炎をくれたのか、マーモンがああやって親身になってくれたのか、脱走を見逃してくれたのか。
 すべてが私に対して都合のいいことばかり起きているわけじゃない、とは思っている。彼らは私の体質を不憫に思っていたわけでもないし、逆にそれをアテにするようなこともなかった。いや、彼らの役に立てることなんて何一つないはずなんだけど。
 それに、マーモンが私のところにやって来たのは彼自身言っていた通りのように思える。すなわち、XANXUSに命じられたわけじゃない、ということだ。なんというか、XANXUSという人となりもよく分からないので大きなことは言えないけれど、少なくとも私の様子を見に行け、だなんてそんな簡単な命令をするようにはまったく見えない。最終話までにそんな優しさを欠片も見せたことはないし、何なら逃げた奴なんていらねえ、殺してこい!ぐらい言いそうなぐらい。

「……リングじゃなく、おしゃぶりのことなんだろうなあ」

 マーモン関連で言うなら理由はひとつだけ、思いつく。それは少なくともヴァリアー編で一番取り扱われたリングのことじゃない。今だとハーフボンゴレリングになるんだろうけど、マーモンが私に期待しているのはそれとはまた違う問題だろう。そうなるとヴァリアー編どころか最終話近いところまで話題が進むことになる。
 そもそもマーモンはボンゴレがどうなろうとも関係がないというか、おしゃぶりや自身の呪いについてのことの方に関心があるのだと思う。そのための手段としてヴァリアーに所属している、とすら考えられるほどに。だから、ヴァリアーの中で一番親身に私の話をあれこれ聞いてくれたのがマーモンなのはそういう下心もあったんじゃないかと思う。

(……難しい話は、苦手なんだけどなあ)

 胸元のリングを軽く持ち上げ、くるくると指で遊ぶ。
 カラのリングと骸によってなかなか格好いい名前が付けられたそれは、役割としてはおしゃぶりにほど近いものだ。何ならこれの材質はおしゃぶりと一緒で、さらに言うとバミューダが開発したか彼の死んでしまった仲間たちがつけていたものを加工したものになるんじゃないかと私は踏んでいる。
 デタラメなアイテムだと思うけど正直そんなものを彼らにとって得体の知れない私に恵んでくれた理由は分からない。試供品に近いものなのかもしれないなとも思えて、それならどうせ死んでしまうよりは何がなんでもこの世界で生き延びてやろうと厚かましく受け入れているのが現状になる。そもそも、このアイテムを欲する人間なんてバミューダ達を除けば私以外に誰が居るんだ、と思うんだけど。

(心臓みたいなモノだし、皆2つも3つもいらないよね)

 私はこの世界で生きるのに必要な死ぬ気の炎を持っていない。そして、当然だけどこの世界の人間ではないので作ることもできない。だから他人から死ぬ気の炎をもらい、このリングに閉じ込め、それを起点に生きている。
 対するアルコバレーノはおしゃぶりの中に炎を持つ。……あんまり思い出したくはないけど、アルコバレーノは恐らくそのおしゃぶりを手放したら最後、死んでしまうような描写があった。それが私と同様の理由なのか、はたまた本当に心臓のようなものなのか、本質的にはよく分からないけど。

 ソレがなくては生きられない。そのことだけは共通事項。

 できれば彼の手伝いをしてあげたいけど私の知識はなんというか、とっても極端なものだ。
 あまりにも漠然とした記憶。これから出てくるであろう登場人物や、話の流れ。現在のヴァリアー編がどう終わるかも、最終的にどう物語が終えるのかも、アルコバレーノが何なのかも、何となく分かる程度。詳細を聞かれても答えられないような、漫画で得た知識。それこそ根拠なんて聞かれれば『知っているから知っているんです』なんてどうしようもない返事しか口にできないようなものだ。
 そんな話をしたところで、結果は目に見えている。以前、私が他の世界からやって来ましたと告げた際のリボーンの反応が顕著だろう。そんな程度のもの。

「……とりあえず、言わない方向にして」

 誰を信頼しようとも、これ以上は自分の知識を他の人に教えないようにしなくちゃ。恭弥に至ってはちょこちょこ小出しでやらかしてしまっている感が否めないんだけど、基本的に彼は無口だし他人にそれを話すことはないのでその辺だけはちょっと安心している。
私の知識は武器になれないかもしらないけれど、ひとつ間違えれば原作をかき乱しかねない。そういう思いを持っておかなくちゃならないのだ。

 ハア、と大きく息を吐き、今度こそベッドの上で大の字になった。
 今頃霧戦が始まっているだろう。もしかすると決着すらついているかもしれない。
 私はその結果を知っているけれど、恭弥がこの場にいなくてよかったなとは心の底から思う。もし今、この場に居たら勘のいい彼は体育館で行われていることに気づくかもしれないし、もしもボンゴレ側の方は誰が戦うのかを知っていたら全てを放り出して骸へ立ち向かっていっていたような気がする。恭弥がディーノさんの呼び出しに応じて出て行ったのならディーノさんはまさに良い判断をしたと言える。
 恭弥によって乱闘騒ぎが起こったので勝負はつきませんでした、なんてことになったら笑えないからね。

「……いや、ホントに、全然笑えないや」

 史上最悪のルートになってしまうところだった。
 私の妄想だったはずだけど思わずぶるりと身体を震わせ、そんな悪夢にだけはならないことを心の底から願った。



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