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 ところで私はマーモンという人物をよくわかっていない。
 なにかにつけて高額な金銭を要求するほどの守銭奴で、ベルと仲が良い、霧の属性を持つアルコバレーノ。移動する時は宙を浮いているんだけどあれは幻術とかそう言う類ではなく超能力の一種だったっけ。サイキッカーって言ってた気がする。なんて、彼に対する知識はせいぜいそんなものだ。
 性別すら不明だったのはこの漫画の登場人物の中では唯一だったんじゃないだろうか。赤ん坊だと特に分かりにくかったりするものだけど、この漫画には十年バズーカという答え合わせのできるツールがある。ちゃおっス、なんていう可愛らしい挨拶をしてくれるリボーンでもそれを受けてダンディなヒットマンとして登場したし、その時の見た目や声で男性だってわかったんだけどマーモンは十年後においても容姿はフードとマントに覆われていたせいで一切謎のままの人物だった。
 どちらにしろ背は低めだったし華奢な印象だったから私はてっきり女性かとも思っていたんだけど、ヴァリアーの他のメンバーはマーモンを女性扱いにしないしマーモン自身もそれを全く望んでいなさそうだったので根拠としては弱いし不明のままにしている。一応、私だけが女性扱いするのも変な話だしこれから先、何らかの出来事で性別が判明するまでは彼、と言うことにする。……ああ、私も一応女のつもりだったけど基本は粗大ゴミみたいな扱いだったなあ…。

「連れ戻しに、来たの?」

 っと、今はそれどころじゃない。私が気にするのは性別云々の話じゃなく、なぜこの人が私の元にやってきたかということだ。手段は聞かずとも例の念写ならぬ粘写なんだろう。私の記憶違いでなかったら紙に鼻を押し付け、鼻水…だったんだろうか、ねっとりとした物で地図を描いていた気がする。現物を見てみたいような見たくないようなとても複雑な気分なんだけど今はそれも置いておいて。

 あえてここへやってきた理由を問いかけたのはもちろん理由がある。自分を卑下しているわけでもないけど、私にそんな価値がある人間だとは思っていないからだ。ヴァリアーにとってのXANXUSのように、並盛組にとってのツナのように、必要不可欠な人間という立ち位置にいる人間じゃないからだ。
 だけどその一方で、ヴァリアーに属していると誰かが認識していれば、私を藤咲ゆうという一個人じゃなくてヴァリアーの人間としてであれば、話は別になる。例えば、ツナ側の陣営からすれば私なんて格好の餌食。良い人質になることだろう。実際はヴァリアーにとってそんなに重要人物でもないので大した役割を果たさないと思うけど。ヴァリアーにとっても同様だ。戦えもしないし大した情報も持っていない私なんてどこへ連れて行かれようが痛くも痒くもないけれど、この指輪の争奪戦の最中に邪魔をすることだけは許さないだろう。悠長に出歩いていて誰かに連れ去られました、誰かに殺されました、なんてことはヴァリアーの名に傷がつくだろうし、それだけは避けたいだろうなって程度の理由しか思いつかない。
 だけど、ここは恭弥の家だ。
 一応恭弥はボンゴレに属している状態ではあるけれど、その彼自身に自覚はない。聞いたところで否定するだろう。そんな場所を誰がどう取るかは私には判別つかないところではある。私を逃げた裏切り者としてマーモンが処分しに来たという可能性だってゼロじゃないのだ。

「別にそうではないよ、君のことを探すようボスに頼まれたのは一度だけさ。……まあ、今回は君のことを調べたら邪魔が入ったんだけどね」

 聞き返すことも相槌を打つこともできず、なんというか言葉すら出なかったのは告げられた内容がイマイチ、すぐに理解できなかったから。

 誰も彼もが正直者だと思ってはいないけど、少なくともマーモンは冗談だとか嘘とかはあまり言わないような気がする。むしろ必要最低限の話すらしないイメージだ。
 その彼の言葉を信じていいのであれば、私は一度XANXUSの命令で探されたことがあるのだと言う。…その一度、って言うのは今じゃなくスクアーロに拉致された時のことなんだろう。
 だからこそ、分からないことがある。
 スクアーロが並盛に来た時は同じ商店街に居たもののかなり離れていた場所にいたはずだし、当然ながらそこで並盛の誰かと話をした記憶はない。あえて言うなら京子ちゃんとディーノさんの姿を目にしたぐらいで、それも遠目だったので会話はない。この時点でボンゴレの誰とも関係がなかったはずだった。少しさかのぼったとしても黒曜編の話が全て終わり、この姿で隼人とうっかり出会ってほんの少し話をした程度。彼はボンゴレの人間だとしっかり認識されているけれど、私が普段から関係のある恭弥はヴァリアーにはまだ知られていない存在のはずだった。恭弥とボンゴレの繋がりは未だ見つかっていないはずだったのに。

 …どうして私のことを知っていたのだろう。

 考えたことがなかったわけじゃない。むしろ最初から気になっていたことだった。黒曜編の時には皆と関わり合うことがあったけど押切ゆうとしてだったし。そこから有名になったつもりもないのに、誰かに名乗ったわけでもないのに、どうして彼は私の名前を知っていたのだろう。どうして、敢えて、私のことを探し出し、イタリアへ連れ帰ったのだろう。どちらかと言えば私の体質や何かを知っていて連れて行ったのではなく、私のことを知っていて、連れ去ってから私が何者かを調べた。何ができるのかを調べた。そんな感じだったことに違和感と疑問があったのは否めない。
 答えはいつまでも出ず、だけどようやくここで私の居場所を知られた理由が判明する。XANXUSがマーモンに命じて、調べさせたから。そして、その場所に実際いたからスクアーロに連れ帰られた。……知ったところで解決することもないし何かしらの疑念が晴れたわけでも何でもないんだけど。
 そして、今回。これが次に気になったことなんだけど、私のことを再度調べたら邪魔が入ったらしい。これには思い当たる節がある。…骸だ。

(クローム髑髏のことは、直前まで知られていなかった)

 時系列を覚えてはいないのでここからは私の想像になる。
 マーモンが再度私の居場所を調べた際、その答えは出なかった。そして、今日は骸が戦う日。マーモンは同様に今日戦う相手のことも既に粘写で調べているはずだ。そして、それも結果が出なかった。確かあれは骸かクローム自身が邪魔をしていたはずだ。――CD。どういった妨害なのか、彼女のイニシャルだけが表示されるように。
 私のことはどういう結果になったのか分からない。どう表示されたか分からない。でも、少なくともマーモンならクローム髑髏よりも私に会える可能性の方が高かった。彼女のことは何だかよく分からない答えになったけど、私のことに関しては過去の答えがある。この並盛中学校付近に住んでいる、というスクアーロにも教えたであろう結果が。そうなれば私を探すことなんて簡単だっただろう。もし窓を閉め、カーテンもきっちり閉じていたらすれ違っていたかもしれないと思うと後悔しかないけれど。

「……」
「さすが余計な話はしないんだね」

 なぜか褒められた。ちなみにそんな風に言われたのは初めてである。どうやら私が彼の言葉の意図や言い回しを理解したと勘違いしたようだった。なんだか分からないけどマーモンの言葉に返事をしなかったことが最適解だったらしい。私といえば完全に返事に困り、表情を作ることができなかっただけなんだけど、変に話をこじらせるより全然マシだし都合がいい。
 そのまま言葉を取り繕うこともなく、意味ありげに――本当は全く意味はないんだけど、頷いておいた。大人ですからね。空気だけは読む努力ぐらいしますとも。

「その逃げ切った手腕は認めてあげるけど、探される可能性があることを考慮しておいた方がいい。君は珍獣みたいなものだから」
「…気をつけます」
「せいぜい生き延びなよ」

 そう言うと彼は小さな手を伸ばし、私の頭をぺちぺちと叩く。痛みを感じないのでその強さがどれだけのものかは分からないけど、大して力はこもっていなさそうだ。こんなに近い位置にいるのにフードの下が拝めないのも不思議なことだよなぁ、と思いながらされるがままになっているとやがて、その手から解放される。
 そして、何の未練もなさそうに、彼は来た時と同様ふよふよと宙を浮いて去って行ってしまったのだった。私のことを殺しに来たのでもなく、連れ戻しに来たのではなく、結果的に言えば彼が私に触れたことで指輪に炎が新たに供給されただけ。もちろん私に異常なんてものはなく。あまりにもあっさりと離れていったので逆に罠か何かじゃないかと疑ってしまうぐらいだ。
 だけど、さっきの手は幻覚じゃない、と思いたい。例えベルのように私のことをペットか何かと思っているかもしれないけれど、優しさと言うか、少なくとも敵意じゃない何か別の感情があったような気がする。それに、

(…物騒な言葉だったけど、)

 彼なりに心配してくれたのかもしれないなと思ったのはそれから少し経ってからだった。
 ……マーモンの忠告。
 何より予言みたいで恐ろしいので気をつけようと心の底から思う。



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