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 結構リアルな話をしようか。私は今、お金と職がない。
 リボーンの世界に馴染み始めてどれぐらい経っただろうか。黒曜編の起きる前から居るということだけは記憶にあるけどそれ以外は曖昧なまま、私もまたこの並盛に訪れた平穏の日々に埋もれつつある。それがどれぐらい続くかは分からないけど私が私であるうちはここにいたいと思うんだよなあ。だからこそこの世界、生きていく為に必要なものは私の世界と一緒のものなのだ。しかしながらここで現実的なものに直面してしまう。

 この世界は家庭教師ヒットマンREBORN!という漫画の中である。
 何やかんや色々とあって家を貸してくれている彼も、今となっては話す機会もなくなってしまった彼らも、全員がその漫画の中のキャラクター。私にとっては紙面上だったはずの彼らはこの世界で生きている。そして私もここで生きている以上生活するのにお金が要るというわけなんだけど、…結論から言えば私はこの世界で仕事をしていない以上お金が新たに入ってくるはずがないというところで詰んでいる。しがないOLとして働いていた会社はない。私の知っている土地はなく、当然だけど私が住んでいた家もない。
 そういう意味では初めてこの世界に持ってきた荷物の中にお金を入れておいたのは正解だったのだろう。だけど資産というものは生きている限りは減らす一方なわけでいつか貯蓄も尽きてしまう。今は彼の家に転がり込んでいる訳だからほとんど減ることはないんだけどそれだって本来は家賃だの何だの色々と支払わなければならない立場なのだ。

(年下、なんだよなあ…)

 あの時と確実に違うのは、私の見た目が大人。つまり元に戻ったということだ。
 この世界に初めてやって来た時は押切ゆうという名前を当てはめられた女子中学生だった。だけど私はすでに会社で働き、車も運転できるしお酒は弱いものの飲めることのできる年齢の立派な社会人である。
 見た目は中学生、中身は大人。そんなアンバランスな状態で数ヶ月生きてきた私がようやく見た目も元に戻った。これで何ら違和感もなく生活ができると思いきや今度は貯蓄がほんの少しあるだけの、中学生の家に転がり込んだ他所の世界からやってきた大人の出来上がりというわけである。要はヒモ。何と情けない。

 不幸中の幸いと言うべきか、この状態は今のところ一人しか知られていない。以前の姿だった、”押切ゆう”としての私は黒曜編の最中、姿を消し、ツナ達との縁は切れてしまったけれど特にそれに関しては悔いはない。
 まあ敢えて言うならばもう少し中学生活を謳歌したかったかなというぐらいだけど十も年下の子たちに紛れるのも限界がすぐに来るだろうということぐらいは分かっていたことだし、そう考えると今の生活の方が余程気が楽だった。
 それに、――…間もなくやってくるだろう事件の事を踏まえたとしても私はあの並中生としての生活からドロップアウトしてよかったかなと思えるのだ。

 十月某日、ヴァリアー編。

 この世界が私の知っている漫画の通りに動くのであれば、私はこれから彼らに襲いかかる非日常の数々を知っている。日常編から打って変わった黒曜編に続くバトルシーン満載の戦いである。

 舞台は並盛中学校。登場人物は並中生、それからイタリアからやってくる暗殺集団・ヴァリアー。色んな人を巻き込んだ戦いが始まる中、そこに私が入る余地なんてない。配役は既に網羅している。特にこのヴァリアー編は忘れることも出来ないほど、マンガのページが擦り切れるほど読んだのだから抜かりはない。
 そもそも私がリボーンの漫画を知ったきっかけは友人からの熱心な布教のお陰だった。そして何となく読んだのが最後華麗にのめり込み、その時ちょうどコスプレイヤーである私の前に舞い込んだリボーン合わせをしようというお誘いを喜んで受け、すぐ布屋へと走った。そこで悪戦苦闘しながら調達した黒い布。品質にはこだわりできるだけ原作に忠実となるよう何度も友達に相談したし、家に帰った後数時間の格闘の後、出来上がった一着。それを着用し、部屋から出た瞬間に転び後頭部を思いっきりぶつけ、――…そう、それが私がこの世界にやってきてしまったきっかけだったのだ。ヴァリアーの隊服、彼用のウィッグ。ちぐはぐな格好をし、この世界に初めて来た時は皆に彼そのものだと思い込まれて大変だったなあ、なんてことも思い出してしんみり。

「あの隊服、どこ行ったんだろうなあ」

 悔やんだって仕方ないけどそういえば私の自信作は結局見つかることはなかった。あとはエンブレムをつければ完成だと思っていたのにあれからこの世界で探し出すこともできなかったもの。私がこの世界に来たキッカケになった、私の作成した衣装。それこそがヴァリアーの隊服だったのだから色々と未練のあるものだと言えよう。どうせなら一度合わせをしてから紛失したかったよホント。というわけでこれからヴァリアー編の先にも二十巻を越えるストーリーがあるというのに特に思い入れがあるのはそういう理由があったのだった。

(何だかんだ、後悔してるのってそこだけなんだよねえ)

 せめて一度はアレを着てコスプレをしたかった。久しぶりに長い間ミシンで頑張っていたというのに残念極まりない。なんてそんな事を考えながら日曜の朝から適当な格好をして入った先は並盛商店街の近くにあるコンビニだった。
 いや決してデザートは無駄遣いじゃないんだ。甘いものを欲するのは頭を使ってるってことでしょう? だけどそれとは別にちゃんと理由があるもので、コンビニに入りすぐの所に置いてあるフリー雑誌を見渡しどれにするかひと睨み。
 私には時間はあるけど金はない。お世話になりっぱなしも良くないのだと分かってはいるので、ちょっとでも働かないとなあと思っているところ。なら職業安定所に行った方が手っ取り早いんだろうけどあそこに行くにはこの世界での住民権がない私にとって敷居が高すぎるもので、バイトの募集が載ってある雑誌を取りに来たというのが本当の目的だ。おどおどとお店に入ったせいで店員に変な目で見られたけど気にしない振りをして、と。

(コンビニ、八百屋、……あ、本屋もある)

 手芸店での販売もあるし案外すぐに決まりそう。
 こういった知識を全然持っている訳じゃないけれど、漫画の世界だとは言えここは私が住んでいた世界と何一つ様式は変わらない。少なくとも言語は日本語だし働けばお金がもらえるし、何かを購入すればお金が減る。その為の求人雑誌は色んな職業が載ってあるし見れば結構私ができそうな職種も結構ある。いずれ自分の世界に戻るだろうけどいっそのこと第二の職としてがっつりと仕事をするのも一つの手なのだろう。ペラリペラリとページをめくっていくうちにすっかり働く気になっていって、意外と何とかなるんじゃないかとすら思えてくる。初めてこの世界にやって来た時のようにずいぶん楽観的になったような気がするかな。
 それが元々の私だったのだから戻ったという方が正しい表現になるのだろうけど、でもそうなれたのはきっと彼と共にこれからも生きていきたいと思えたお陰なのだろう。

 迎えに来てくれた彼、
 待っていてくれた彼、

 ──覚えていてくれた彼。

 何から何までお世話になりっぱなしで、私は何にも返せずにいる。だからこそ。……だからこそ、こうやってよくわからないままでも前を向こうと思えてるんだろうな。
 私は彼に、感謝している。



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