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 スクアーロと山本の勝負はベルと隼人との戦闘とはまた違った恐怖があった。彼らは学校の決められた範囲内で障害物を使いながらの戦闘、一方こっちはお互い剣同士。そう言えば知らなかったというか、このヴァリアー編以降使うことはなかったからすっかり忘れていたんだけどスクアーロの剣には仕込み火薬なるものがあったようだった。純粋な剣術だけじゃない。倒せば勝ち、相手の指輪を奪った者の勝ち。これはただの剣道の試合なんかじゃない。定まった公式ルールもなくただただ人を倒すためだけの勝負だ。その点、スクアーロの方が絶対に有利なはず。間違いなく山本よりも剣術には自信があっただろうし、そこに行き着くまでに数え切れないほどの戦闘があったと思う。手を切り落とすほどの、壮絶な戦闘の数々が。
 なのに彼は負ける。S・スクアーロという暗殺者は、山本武という少年に真っ向から負ける。
 …何が起こるか分からないものだよね、ホント。結果が分かっていてもどうしたってそう思ってしまうのは贔屓目じゃなく実際あの人の恐ろしいところを見てきたから。かと言って山本が怖かったことなんて一度もないんだけど。

「う゛お゛ぉい! 藤咲! 早く散れぇ!!!」
「いやー、そうしたいのは山々なんですけど…」

 本当に心の底からそう思っているんですけど。
 こんな風にうだうだと考えているけれど、今、場面としてはこれからまさにスクアーロと山本の勝負が始まる手前あたりになる。そして私の現在地は勝負会場であるエリアの真っ只中だ。つまり、おじゃま虫ってわけ。今すぐ出ていかないとならない状態にあるのにこうやってスクアーロに言い返しているのには深い理由がある。

 ここが次の試合の場所だと連れてこられたまでは良かった。悲しきかな恒例となりつつあるゴーラ・モスカの手の上に乗せられ、校舎の3階の窓へ飛び上がり、この私たちが今立っている2階部分に降下して待機。後からやってきた山本たちに向かってスクアーロが挨拶してる後ろからにゅっと姿を現し、横でベルが煽るような言葉を放っているとああ、私もとうとう悪役なんだなあとか思ったりもして。逃げるつもりはあるんだけど、ある意味吹っ切れたところはある。冷静に装うことでこの場を乱したくないってのもあったんだけど。終始無言だったけど今回はそれで許されてよかったと思っている。
 けれどここで予想外の事態が発生した。
 1階から入ってきたツナ達はさっさと山本に応援の言葉をかけて同じところから出ていったんだけど、問題はこっち側。XANXUS率いるヴァリアーの面々はなんと来た時と同様、上にある窓へと飛び上がり、そして外へと出て行ってしまったのだった。私を置いてきぼりにして。

 ゴーラ・モスカ、なぜ私を降ろしたんだ!

 呼び止める暇もなく誰も振り向いてもくれず、途方に暮れた背中に追い打ちをかけるスクアーロ。それが現状である。周りを見渡してみたけどこの2階部分に出口はない。ツナ達が来た1階の部分か、あの上の階の窓か。そして私の、ヴァリアー側が使うべきは窓なんだろうと分かり呆然とする。
 ただ飛び降りるだけなら私だって体質上は可能なんだけど、飛び上がるという行為。それは私の特異体質ではどうにもできない物事にあたる。オロオロとしてしまうのも仕方がないのだと許して欲しい。これは間違いなくゴーラ・モスカが悪いのだ。そして誰にも気付かれなかったのも悲しい。私は被害者なのである!

「こっちから出るかー?」

 のんびりとした声は階下から聞こえてきた。
 フード越しに見下ろすともちろんそこには山本の姿があって、私を見上げている。ついでに竹刀を持っていない方の手でさっきツナたちが出ていった扉を指さし、私に聞いてくれていた。

「えっ、いいの?」
「さすがに危ねーからな。早く来いって!」

 その提案はまさに救いの手。まるで天使のようだった。
 ……いや、前からそうだったか。押切ゆうとして、クラスメイトとして一緒に学生生活を送っていた頃は何かと助かる言動が多かった。部活勧誘されていた時に匿ってくれたこともあるし、隼人にバカにされてた時には助け舟を出してくれたり。中学生だけどとても気配りのできる男の子。ずっとそんなイメージを持っていたけれどやっぱり間違いじゃなかった。こんな時だけど状況を察してくれるなんて普通の子じゃ到底ムリに違いない。私の状況をいち早く理解して声をかけてくれたのは、私が敵とか敵じゃないとかそういうことを無視した、ただ困ってる人間を助けてくれようという親切心からなのだろうと思う。そしてその言葉はとてもありがたいのです、ありがとう…!
 今なら飛び降りてもせいぜいびしょ濡れになるぐらいで、そのあとは山本の後ろを通ってツナたちが出ていったあの扉をくぐるだけ。考えてもなかったけれど安全な方法だ。おもわず声をあげて、普通にやり取りする程度には私も助かったと思ったわけで。

――グイッ、

 さあ飛び降りるぞ、と、しようとした時だった。
 下で山本も私が降りるのを手伝ってくれようとしていたし、私もそれに甘えようとしたのに、後ろからおもいっきり隊服を引っ張られたのは。予想外の方向からの衝撃に当然耐えられるはずもなく、私は移動しようとした方向と正反対の場所へ軽々と蹴飛ばされたのだった。

「っちょ、……ッ!!」

 すっかり忘れていたけどこの世界にいる私には痛覚というものが基本的にはない。燃やされたりだとかそういった事に関してはダメだとはさすがに思うけど、殴られようが蹴られようが、はたまた高い場所から落ちようが痛みを感じることもなければ身体が傷つくことは基本的にはない。特に、他の人からもらう死ぬ気の炎をたくさんもらっている時なら尚更。
 他の人がされたならきっと蹴られたこととか、壁にぶつけた衝撃だとかで骨折なり何なりしていたところなんだろうけど今の私はフル充電モード、ベルの嵐の炎で満たされたこの状態では何もかもが無痛だった。ただ、びっくりしただけ。あと痛みは感じないとはいえ壁に叩きつけられたことで身体への衝撃が無かったことにはならない。一瞬呼吸が困難になり咳き込み、喉元に手をやった。
 山本だって驚いただろう、私に向かって伸ばした手はそのままに、目を丸くして私とスクアーロのやり取りを見ている。

「そこから行けえ」
「……分かった」

 スクアーロが剣で示した先は同じく2階の、廊下へ出る方の扉だった。他の窓や扉と同様、頑丈に金属製の板のようなものでしっかり止められていたはずのそれはいつの間にかスクアーロによって切り刻まれ、私ぐらいなら余裕で通れるようになってしまったのだった。……いいんだろうか、舞台のセットを崩すような真似をして。ここまで水位が上がってくることはないだろうけどちょっと気になってしまう。
 それにせっかくの山本の優しさを無碍にしたことが申し訳ない。が、勝負開始間際にも関わらずこんなところにいる今の私はやっぱりおじゃま虫であることも自覚してる。これ以上彼らの時間と場を乱すわけにもいかない、ので。

「ご、ごめんね山本。こっちから出ます…」
「おう! 気にすんな!」

 山本にも謝罪をするとこれから勝負だってのに緊張感もなく「気をつけて帰れよー」なんて声がかけられ、ついでにいつものようにブンブンと大きく手を振られてしまった。なんて優しいんだ。スクアーロもぜひ見習って欲しい!そんな目で見てみたけどもはや彼にこっちのことを気にしている様子はない。一刻も早く戦いたいんだろう。そんな様子がひしひしと感じられる。

(これ以上のんびりしてると殺されてしまう…)

 余計なことは言わざるべし。口は災いの元ってね。
 というわけで山本には小さく手を振り返し、無惨にも壊されたドアをくぐった。振り返ることはない。というかもう向こうは向こうで2人の世界になっていることだろう。
 私の前には誰もいない、長く続く廊下。見慣れた場所だ。大きく深呼吸をし、私はのんびりと歩き始めた。勝負が今、まさに始まってしまったのだろうけどあそこから観戦する勇気はさすがに、ない。



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