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「おはようございます十代目!」
「おはよう獄寺くん。この前のテストってさあ、」

 予鈴の鳴る数分前、学生たちがそれぞれの思いを抱きながら取り留めのない会話を広げ、登校し門をくぐっていく。そんな彼らのことを何も変わりがないか、規則を破ってはいないかどうかを門の内側と外側に立っている黒い学ランを着た子達が入念にチェックを行っている。守るべきは風紀。彼らの仕事だ。
 そこでやや緊張を見せる学生達。皆の動きが途端にギクシャクとしているけれどまあ仕方のないことだろう。怖いよね、わかるわかる。やがて私が見ていた子達もそのチェックの列に紛れ、無事にクリアしたようで歩みを進め、あからさまにホッとした様子で校舎の中へと消えていく。取り敢えずその場に居た全員が並盛中学校の敷地内に入ったことを学ランを着た子達が確認し終えると予鈴と共にガラガラと大きな音を立てながら閉じ、最後に風紀委員の彼らも授業を受ける為に散らばっていく。

 これが何もない日々。
 これが、誰もが望んだ平穏な日々。

 私の視界に人っ子一人見られなくなったことを確認するとようやくそこでぐっと背を伸ばし大きなあくびをひとつ。
 誓って言うけれど私は彼らに何かをやらかそうと思うような不審者ではないし、特定の誰かを見るために数十分の間、家の窓を開けてぼんやりと門を見張っていたわけではない。そこにかつての私が居たんだなと何だか懐かしくなったというそれだけで謂わば意味のない日課に近い。

 …さて、それじゃこれでもう問題はなくなったし私もそろそろ動こうか。

 くるりと振り返り部屋の中を改めて見るとテーブルの上には空皿になった二人分の食事。昨日掃除したばかりの部屋は私がここへやって来た当初よりも随分と片付き、白黒しかなかった質素を極めた部屋は私の趣味によって色味を帯び始めている。
 この部屋には今現在、私以外の人間は居ない。私の倍ぐらい食べていた家主殿は既にあの門の向こう側で風紀を守るため仕事をしている。今となれば本当に勉強している学生なのかどうかすら疑わしいけどその辺りはあまり触れないようにしているのはどうせ聞いてもはぐらかされると分かっているから。
 鼻歌交じりで食器を片付けながら今日は何をしようかと考える。もっと並盛を知るために図書館に行っても良いな。せっかくだから私の知っている場所をのんびり散歩してみても良い。今日はちょうどお出かけ日和だし。
 …まあ一応家主には許可を取らないとならないという制限はあるけれどこれぐらいは許される範囲だろうと勝手に決めつけ次々と皿を拭いていく。

 ふん、ふふん。

 そう考えていると気が付けば自分の歌う鼻歌は知っていた最新音楽からこの世界に縁のある歌へと変わっていく。いつの時代か覚えていないけどいつかのオープニングを飾っていた有名な曲だったかな。皆でカラオケにこもってPVを見て発狂していたのも懐かしいや。久し振りにそのCDを聞いてみたいと思ったけれど残念ながらこの世界で発売もされていないんだけどさ。そりゃそうだよね、当然だ。

「あ、」

 機嫌よく歌う私の胸元では細いチェーンのネックレスに通された少し大きめのリングがカチャリと音を立てて揺れていて、その音でようやく日課として組み込まれているのに忘れている事柄を思い出す。中学生の登校シーンはきっちり見ているのに自分のことを放ったらかしにしているなんて結構危険だな…気をつけないと。きっと何も問題はないだろうと確認を怠っているのは私の悪い癖だ。
 つまむようにして自分の目の高さまで持ち上げると指を嵌めるアーム部分こそ透明のままだったけどちょうど嵌めれば真上を向くであろう部分が違う色へと変色している。


 ――空(から)のリング。

 アレだとかコレだとかだと呼ぶ方も不便だろうと私も”夜店で売ってそうな指輪”と名付けてみたんだけどこれはオッドアイの彼からは相当不評でネーミングセンスが壊滅的だと蔑まれた結果、その名称で落ち着いている。
 言われたときにはキョトンとしてしまったけど確かにね、その名前が一番しっくりくるとは後から思ったよ。名は体を表すとはよく言ったもので、これは間違いなくそういう役割を果たすものだから。本人に今後会える機会があるなら名付け親になってくれてありがとうと改めて伝えようとは思うんだけどきっとバカにされるんだろうなあ。

「…ん、」

 改めて見ると変な話、変な感じだ。私の身体には血が通っているし、心臓も動いている。思考することも、料理を作ることも、歩くことも何だってできる。
 だけどこの世界で生きていくにはどうしても私自身では作り出せない、絶対的に足りないものがある。それを補ってくれるのがこのリングになるのだけどこれがあれ以来変化したこともないし、逆に怖くて身体から離したこともないから実際のところこれが本当に私がこの世界で生きていくために必要なのかと問われたとしても自信を持って答えることは出来ない。だからといって手放すことは考えていないんだけどね。後が怖いし。そんな興味本位に試して後悔するなんて真っ平御免だから。

 だから私が出来るのはこのリングが何も変わりがないか見ていること。確認すること。
 淡く輝く色合いはとても綺麗。ただ変色しているというだけではなく何かを閉じ込めている、というべきなのかその灯された色は少し厚みも幅もあるリングの中をゆっくりと移動し続けているようにも見える。まるで血液が循環しているように。
 リングの中を悠々と巡る、交じることのないその色は肉眼で確認出来るだけで三つ。どれも私に縁のある色合いであり、供給した人間を知っているからこそ特別に感じられる。
 青い大空に透かせ、再度確認。リング自体に傷、なし。巡るその色合い、量的なものも恐らく変化はなし。

「…変わりなし!」

 世界は、藤色に満ちている。



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