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(……これは、あんまりよくない状況だなあ)

 この世界に来てから一体何度気絶してきたことだろう。数えてもないけどそろそろ片手で足りなくなってきているのは気のせいじゃないはず。そんな簡単にホイホイ意識を失えるってのもある意味才能かもしれないけどそんなモノは誰かに譲るかどこかに放り投げてしまいたい。全力全球で。誓って言うけど私はそんな虚弱体質に生まれてきたわけじゃない。そりゃ漫画やアニメ、はたまたコスプレを趣味としてきたわけで基本的にはインドアだ。そこまで体力が有り余っているということでもないけど、それなりに健康だったという自負はある。会社でも万年皆勤賞だったはずなのに、この世界に来てからというもの果たしてそれが事実だったのか疑わしくなってしまう。
 まあ、それでも私の言い分も聞いて欲しい。これは私のせいじゃないんだと。今回の件はともかく、他はだいたい第三者からの攻撃によるものだ、と。だからこそ今回自ら意識を手放したことに対してはとても反省している。今後は意地でも意識を失うことだけは止めたほうがいいと。どうしろと? と問われたとしていや無理なんだろうけど。実際無理なんだろうけどせめてそういう意識だけは常に持っておきたい。
 だって絶対その後に待ち受けているものは良いものではないから。ことは悪い方向にしか転ばないということを何度も何度も経験してきたから。

 顔をわざとらしく右に、左に。目もしっかり動かして、あとは何が起きても驚かないよう深呼吸して落ち着かせて。
 そうやって何度確認しても私が立っているのは見覚えのある廊下だった。並中の廊下にしてはあまりにも狭い通路。すれ違う程度の広さは保ってあるけどそもそもそんな大人数の移動を予想して作られておらず、また変なところが何もないただただ普通の、人の家の廊下。違和感を持つような造りではないし、この場所自体は本来特別というわけでもなく。ただ私がここに立っているタイミング。今、私がここに居るというのが異様なだけで。

 ここに至るまでの経緯を思い出そうとしてもうろ覚えというかなんというか。そもそもさっきまでは並中に居たはず。嵐のハーフボンゴレリングを賭けた隼人との戦いで傷ついたベルを皆で迎えに行ったはずだった。火薬と紙が焼けた匂いで充満したあの図書室に入り、ベルの生存を確認して。…そこからの記憶はパッタリと途絶えているのでその辺りで気を失ったってことだろう。よく分からないけどどうやらとりあえず客人扱いで未だ殺されずに連れ歩かれている自覚はある。つまりそこで放置されるか、はたまた誰かに運ばれ、またヴァリアーの面々が泊まっているホテルまで連れ戻されるだろうというところまで推測できた。気絶してお荷物になったから殺される、ってことにはならない…はず。たぶん。
 だからこそどうしてこうなった、と頭を抱えずにはいられない。
 気絶してしまってからのその先、今、私がここに居る理由と原因。それを理解しないと突然バッドエンドに切り変わってしまう予感しかしないのだった。

「……はあ、」

 改めて思い返す。どうやら私にはこの世界へやってきた特典として他の人とは違うモノを持っている、らしい。
 まずは体質。他人の炎を供給されないと生きていけない身体というのは普通に考えてデメリットでしかない。黒曜編の最後でバミューダにもらった空の指輪のおかげで延命措置は受けられているけどこれが尽きたとき、きっとこの世界においての私は終わるのだろう。…恐ろしすぎるのでこれはさくっと割愛。
 次に能力が二つ。
 一つ目は打撃には異様に強く、滅多なことじゃ怪我をしないこと。これは単純に、何かと物騒な場面に放り込まれる私にとってはありがたい力でしかない。あとナイフとかで切りつけられた場合とかだと怪我はするんだけど治癒がやけに早く、数日のうちにいつの間にか消えているレベル。
 そして二つ目には”でざいなーずるーむ”というこれまた奇妙なチカラ。あまりにも不思議現象すぎて名前は単純に媒介にされている私の名付けた部屋の名称にしているけどあながち間違いではないので今後もそう呼ぶことにしている。

 ”でざいなーずるーむ”。

 それは私がこの世界へやってきたきっかけになった何か。その部屋の中で思い描いた相手のコスプレをすると、他の人からもその人間そのもののように認識させてしまうよく分からないヘンテコな力だ。初めは恭弥のコスプレをしたままこの世界に来てしまったことにより風紀委員の人たちを非常に困らせてしまったし草壁くんには悪いことをした。恭弥自身もきっと困惑したことだろう。本人ですら戸惑わせてしまう変装能力は私にはただのコスプレをしているかのようにしか見えないのに声や口癖ですら私以外の人間にはその本人のように聞こえさせてしまうという厄介な力を持っている。そして、それに付随してドアをくぐることにより自分の任意の場所へ移動できるというこれはちょっとお得なことも出来るというスグレモノ。
 ただし、と注釈をつけるならこの能力はいつでも私の好きな時に発揮できるわけじゃないという欠点もある。私の命の危機に応じて現れるんじゃないかと憶測を立てたこともあったけど実際黒曜編辺りでは復讐者にあわや連れて行かれるという場面でも、今回で言うとゴーラ・モスカの中に入れられ溜めていた死ぬ気の炎をほとんど吸い取られた場面でもこの能力は現れなかったせいでそれも外れのような気がしてならない。要はコレの発動は気まぐれなんだ。そう思い込むようにしている。だって考えたところで答えはない。実はこうなんだよって答え合わせをしてくれる人がいない以上、こういうものだと受け入れるしかないからね。

 …おっと、話が逸れてしまった。
 まあそんな訳なので非常に遺憾だけど特技となりつつある気絶の後の今、”でざいなーずるーむ”が目の前にあるという状況に陥っているわけだった。驚きは隠せないし、現状これに対して回避方法はない。今の私はただヴァリアーの服に身を包んだだけの一般人でしかない。これが夢だったらいいけどここまで意識がはっきりしている夢はそうないだろうし、残念ながら果てしなく夢に近い現実なのだろう。
 どうせならこのままコスプレして他の人の姿になることもなく移動の力だけ使えたらいいんだけどなあと思ったのは確かだ。そうするには結局自分の手でこの部屋への扉に手をかけ、一度中へ入り、そしてまた外へ出ないとならないんだけど。

(……気が重い)

 いつまでここに居座っても場面が切り替わってくれない。気絶している私が夢を見てこの状態なのならばいつ目を覚ますのだろう。早く誰か叩き起こしてくれないだろうか。あんまりよくはないけどスクアーロ辺りに起きろと大きな声で叫ばれたらびっくりしてここから抜け出せる気がするんだよね。

「いつまでそこに居るつもりですか」

 心底呆れきったような声がかかったのはその時だった。
 これまた聞き慣れた低く、落ち着いた声。初めて聞いた人の声ならまた別の意味で緊張していたのだろうからこれはこれで良かったのかもしれない、とほんの少しだけ安堵するあたり私もイレギュラーなことに巻き込まれすぎてしまったせいで麻痺しているのかもしれない。もちろん本人にとっては私に対し親切心で話しかけたのではなく、近くでウロウロされれば不快に思ったからなんだろうけど。いや、そこ、私の部屋なんですけどね。
 でも、先客がいるということでこの扉の向こう側、部屋の中の安全感は少しだけ高まった。その代わり精神的にゴリゴリと削られる可能性もまた高まったんだけど。

「早く入ってきなさい。鬱陶しい」
「……ハイ」

 ぞんざいな声は部屋の内側から。まったく変わらない声の主に苦笑しながら私は扉へと手を伸ばす。



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