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「あれってもしかして」

 夜。もうすぐ勝負の時間だなあと外を見たら黒い影が複数飛び降りるのが見えてこんな状況でも感動して窓に走り寄った。あの人たち暗殺者だし移動も確かに素早かったんだけど普通に外に出るんじゃなくて窓から出たんだなって。あの速度なら並中までどれぐらいかかるんだろう。タクシー要らずだ。
 …よし、今なら人も居ないはず。
 レヴィの戦いに誰が見に行ったのか覚えてはないけど少なくとも確実に1人はいない。あとスクアーロもベルも行くっていうのは聞いていたから彼らもいないだろう。ルッスーリアが起きていないのは今も変わらない。マーモンやXANXUSがどこで何をしているか分からないけどきっと彼らだって自分の部屋にいるはずだ。談話スペースなんてところでくつろいでいるはずがない。
 ちょっとだけ恐ろしいところはあったけどとりあえず動くなら今だ。別に部屋から出るななんて言われていないし、トイレだって部屋の外にある。もしも見つかったらそんな言い訳を言ってみようと準備し、そろりと扉に手をかけた。

 ――ギィ。

 閉じこめられていたと思っていたけど鍵は開いていた。ラッキーとすら思った。だけどそうじゃなかったということにその時になってようやく気付く。ここがどう言ったところなのか、どういう間取りをしているのかもっとよく調べておくべきだった。
 私たちが現在過ごしているのは並盛では1件しかない高層ホテルの最上階にあたる。
 外に出るためには1階直通のエレベーターか非常階段を使うという2択。階段は非常時ではない限り開かない仕組みになっていたのでそっと足音を立てないよう談話スペースまで進んでいく。
 律儀に部屋の電気は消していったのか部屋の中は暗い。間接照明のおかげで何とかこけずに済んでいるけど視界はぼんやりとしていて不安だし、壁に手を添えながらゆっくり確実に歩み進めるとそこで1つの壁が立ちふさがった。

「…やられた」

 それは決して比喩じゃない。何故彼らが窓から出ていったかわかってしまったのだ。別に飛び降りたい気分なんかじゃなかった。忍者に憧れてたのかなあ? なんて思ってごめんなさい。彼らはエレベーターを使うのが面倒なわけでもなかった。ホテルの従業員に姿を見られたくなかったから、とかそういう理由でもなかった。
 唯一私が脱出するためのエレベーターホールの手前、そこには談話スペースにあったソファやら家具が積み重ねられていたのだ。
 確かにこれは私に対して有効だろう。だって私は力持ちじゃない。調度品は異様に重く、1つ1つ動かしているうちにきっと彼らは帰ってくる。いやそれよりも動かせるかどうかが謎すぎる。
 ゴーラ・モスカがそこに座っているよりはマシ、だろうけど。もし彼だったら私はどうしようもなかった。自分で炎を作り出すことが出来ず他人から供給を受けることでしか生き長らえられない私にとって炎を動力にして動く彼は天敵でしかない。

 私を信頼しているなんてもってのほか。
 どう考えてもこれは私対策でしかないのだ。ベルがこの場面を見ていたら『だっせー』とか笑っているに違いない。ダメ元でソファを押してみるけど結局ほんの少しズラすことぐらいしか出来ず、誰も聞いていないのをいいことに「くそお!」と叫び、足掻きは終了した。
 結局数十分ほど奮闘してみたけどどうすることもできなかった。私にマーモンみたいな超能力が備わっているはずもなく、怪力の持ち主でもない以上ここから先に進むことは叶わない。エレベーターが使用不可であると断念し私はすごすごと自分に与えられた部屋へと足を向けた。そうするしかなかったのだ。ここで逃げようとしているのがバレて鍵をかけられたりだとか眠らされたりだとかこれ以上の自由を奪われるよりは。

「…誰も、いなさそうなのに」

 いや、誰もいないからこそこんなことをしたんだろう。鍵をかけるよりも確実に私の行動を止めることができる。怖いもの見たさで部屋の色んなところへ移動したけど本当に誰も居ない。どうやら全員がレヴィの戦闘を見に行ったようだった。…いや、そりゃそうだよね。しかも今日はツナのリングも一度XANXUSの手に渡る日なんだから。
 ランボは今頃痛い目にあっているのだろう。そう思うと心が痛い。レヴィと何歳も歳が離れていたって一切容赦なく攻撃されたことだろう。少しだけ話す機会があって、ちょっとだけ遊んでもらって。もうそれもずいぶん前のことだ。きっと今会ったって彼は私があの時の宇宙人だなんて思ったりもしないだろう。もし会うことがあれば…そうだなあ、今度こそぶどう味の飴を献上しよう。

 このリング戦で怪我を負わずに終えた人は誰一人としていない。すでに今日で4人、ツナ側とヴァリアー側で2人ずつが大怪我を負っているはずなのだ。そしてこれからも。大空の戦いが終わるその日まで確実に傷ついていく。それを実際目にせずに済んだのはまだ助かったのかもしれない。もっとも、本来ならばこのヴァリアーの側ではなく誰も知らない恭弥から借りた家で、だったんだけど。
 どうしてこんなことになったんだろう。
 今更どうしようもない事だけどそう思わずにはいられない。

 あの日私が恭弥と一緒に家を出なければ。
 スクアーロを商店街で見かけたあの日から1人で出歩くことをやめておけば。

 あらゆることを考えるけど、悔やんでも悔やみきれない。こんなことにならなかったら今頃は恭弥が無事に修行を終えて戻ってくるまで家に居て、彼が帰ってきたらお帰りと言う生活だけで済んだのに。学校が近かったからもしかすると彼らが戦闘している音か何かは聞こえていたのかもしれないけど、それぐらいで済んだはずなのに。

 ……ううん、考えるのはやめにしよう。

 とりあえず私に出来るのは体力を温存しておくだけ。ここから飛び降りることも考えないでもなかったけどこれまでのように2階、3階から降りるのとは訳が違うし試すのも恐ろしく脱走は不可能。どうにかして隙を作らなければ。大空戦が終わったら私はヴァリアーとして何かしら処分を受けることになるのだろうか。それとも私の話を聞いてくれたりするんだろうか。…言ったとして、リボーンの反応と同様信じられないと一蹴されそうなんだけど。
 我ながら酒に飲まれたとは言え勢いでやってしまった感は否めない。だけどもう戻ることはできない。やり直すこともできない。もう1つの残された私だけの力、…”でざいなーずるーむ”。あれの恩恵を受けることが出来たならまた少し話は変わってくるのかもしれないけど未だあの部屋へ行く手段が分からない以上は力を借りることも今は出来ない。とにかく今はやれることをやろう。明日やろうは馬鹿野郎? ううんそうじゃない、今日は手を尽くしたから仕方ないんだと言い聞かせることにして。

 今夜気絶させられなかった理由は分からない。
 どうせ逃げられないとでも思っていたのかもしれないけどこれは逆にチャンスだ。今夜はこのまま大人しくしておいて、安心させたところでどうにかする。このどうにかするの部分が未だ埋められていないんだけど今考えたって何も思いつかないんだから仕方がない。
 相変わらず何もない部屋に辿り着くと大人しくベッドに横になり、目を瞑る。大して疲れていないはずなのにそれでもやがてやってくる睡魔。そんなに間を置くことなく咆哮を上げたレヴィの声が聞こえ、寝ぼけながらあー終わったんだなあって思ったりして。ガチャガチャという音はきっと談話スペースの家具を片付けているのだろう。きっとベルの細腕じゃ無理だろうからスクアーロかレヴィか、はたまたゴーラ・モスカなんだろうなあ。

 ガチャンと音をたててドアが開いたのはその時だ。

 あ、誰かが入ってきたんだ。そう思ったけどもう私はしばらく前から完全に寝る体勢。目を瞑り続け呼吸を乱さずにさえいれば寝たように見せかけることなんて問題ない、はず。

「寝てんの」

 ドッドッと心臓がうるさい。眠ったフリなんてしたことがなかったから余計緊張している。こんなことせずとも普通に起きてベルに話しかければ良いのにと思ったけど全ては後の祭り。今から起き上がったとしてそれはそれで怒られそうだもん。
 ベルの声はいつもと違ったような気がした。何というか、静かというか、穏やかというか。いつも私を振り回すようなやんちゃっぷりはどこかへ行ってしまったらしい。何だかちょっとだけ罪悪感。
 しばらくの間、ベルは物音を立てることなくベッドの傍に居るようだった。もちろん私は人の気配を感じられるわけじゃない。ただドアから誰も出ていかなかったからそう思っただけ。

 ギシリ、ベッドの軋む音。

 それから背中に感じられる仄かな温かさ。ああ、恭弥もいつもこうやってベッドに入ってきたっけ。今でも気がついたら勝手に入ってて、どれだけ注意したって止めるつもりがないのは目に見えてわかってたからもう怒るのは諦めたんだけど。

 ……ん?

 目を開けることは出来ない。だけど様子がおかしい。だって、なんで、私は今それを思い出してしまったんだ。どうして私は、――私自身ではない温もりを感じているんだ。
 答えはその後、横から聞こえてくる穏やかな寝息にあった。そっと薄目を開けて確認すると隊服を脱いだベルが寝転がっている。重い前髪で目は隠れているけどこれは寝てる。絶対に眠っている。

「……嘘でしょ」

 前々から思っていた通り私のことをペットだかなんだかと誤認してるんじゃないだろうか。――なんて、今起こすともっと怖いから注意は明日することにして。
 空調は効いているものの風邪を引かれたら元も子もない。そっと私がくるまっていた毛布を彼にも被せ、もうどうにでもなれと半ば諦め、そのまま眠りにつく。もう私は疲れたんだ。明日の自分に全部放り投げよう…。



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