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「今日はレヴィさんの日だね」
「…お前にはリング戦の件を何一つ漏らすなと伝えてあるはずだが誰に聞いた」
「……勘」

 確かに誰にも教えてもらってなかったけどそんなこと言われてたのか。あれ、そういえば昨日何も考えずルッスーリアが戦うんだね、みたいなことをベルに言ってしまってた気がする。
 ベルは何も突っ込まなかったけど私の言うことをろくに聞いていなかったか私の思い込みと勘違いしてくれているのか…。ここでも余計なことを言わないようにしなくちゃと改めて思いながら食後のコーヒーを啜り、スクアーロの方を向く。朝ぐらいゆっくりさせてほしかった。ソファの座り心地は悪くなかったけどそれを睡眠とするには質が悪すぎて正直今もまだ眠っていたい。けれど朝早くにスクアーロの大声で叩き起こされ、今に至る。眠すぎて朝食もコーヒーも味が分からなかったことだけが残念だ。
 そして今回も私が不用意に放った一言に対するこの会話で、私の発言は間違いだったことを知る。そりゃすげえと褒められた割に鼻で笑われた。馬鹿にされてるのは明らかで、だけど何か言い返せる訳でもなく少し睨めつける。

 今日は2日目、雷の守護者同士の対決。
 ……どうして日付も覚えていない私がこの順番を覚えていたって? それはもうオタクの気合いとしか言いようがない。コスプレをするにあたり何度も読み直したヴァリアー編、集めたメンバーはヴァリアーと並盛側の守護者。せっかくだからその撮影する順番もリング戦と同じようにしよっかっていうちょっとお茶目な取り決めをしていたのだ。ヴァリアー側の人間を挙げて行くとルッスーリア、レヴィ、ベル、スクアーロ、ゴーラ・モスカ、XANXUSの順になる。
 ちなみにゴーラ・モスカのコスプレイヤーを探すのはどうしても難しく、また原作でも恭弥との戦闘シーンがほとんどなかったので彼のみ残念ながら欠員となってしまったんだけど。覚えることに関しては苦手な部類である私でも記憶していたというのはそういうわけだ。

(…もう2日目、なのか)

 何も出来ないままここまで来てしまったけどそろそろ私も脱出を考えたい。
 ここは日本、それも並盛だ。私の生活圏で拉致状態になっているからこその謎の自信と勇気だ。それにリング戦が後半に近付けば近付くほど恭弥が帰ってくる可能性が高くなる。今頃ディーノさんが恭弥の戦闘の師匠として色んな場所へ連れて行っているとは思うんだけどそれがいつ並盛へ戻ってきたかというところまでは覚えておらず、だからこそ動く時間を少しでも増やしたい。意識を失っている状態というのは少しでも避けたいのだ。
 例え窓のない部屋に突っ込まれたって意識さえあれば何か思いつくかもしれないしもしかするとアクシデントがありスキが出来るかもしれないし、悪いけどリング戦が進むにつれてヴァリアー側でも負傷者が増えて逃げられる可能性が上がっていく。そう考える程度に私はしたたかだった。そうならざるを得なかったとも言うんだけど。

 現在ヴァリアーは一敗。
 ルッスーリアは包帯を巻くのを手伝ったけどここで眠っているだけしか許されてはおらず、すでに私は彼の部屋へ行くことは叶わない。いつ目を覚ますんだろうな…お腹すいていなかったらいいんだけど。あと包帯も変えないと気持ち悪いだろうし。なんて思いながらルッスーリアがいるだろう方角を見ているとスクアーロが隣にどっかり座る。

「お前も意外と馴染んだモンだなあ」
「そうでもないよ」

 彼が近くに来たのは久々だ。元々この人にはさほど好かれていないのは知っていたし、そもそも最初の印象から決してよろしくはない。教えてはくれなかったからこれは完全に私の予想でしかないんだけど、XANXUSの指示で私を拉致したのはこの変わった身体をどこかで聞いたからなのだろう。
 だって私は人質には成り得ない。有り得ない。
 それはこの前、向こう側の守護者やツナのお父さんである沢田家光が所属するCEDEFと出会ったあの夜にも分かったことだろう。つまり私は味方ではないし敵になるほど驚異的な人間ではなく、また客人でもなければ彼らと対等に戦える人間でもないと言った扱いに困る存在。スクアーロにはそんな位置付けをされているような気がする。

「なあ藤咲、いい加減諦めてヴァリアーに入っておけよ」
「……は?」

 だからこそ彼の発言に私は心底驚いた。

「私に、何か出来ると思っているの」

 だからこそ私は何も考えずそう答えるしかない。自分の存在を卑下しているわけでも何でもなく、本当に、ただ客観的に見ればそうとしか思えないのだ。
 だって私に何ができる?
 何もできない人間だということは彼らなりに私の身体を実験したことで理解したはず。雷に耐えられる訳でもないし幻術なんて相性は最悪。敢えて言えば殴るだとか蹴られるだとかそういった攻撃に関してだけ特別頑丈になっただけの私が彼らの仲間になったとして何のメリットも感じられない。…そう、本当に、メリットがないのだ。お荷物でしかない、はずなのに。

「お前はお前の身体について何も分かっちゃいねえ」

 ソファがギシリと音を鳴らし、私の手の上にさらりと何かが当たりそれがとてもくすぐったい。髪の毛だ。そう分かったのは実際視線を落として確認したからじゃない。お互い前を向いていたはずなのにいつの間にかスクアーロが身体ごとこちらを向いていて、気が付けば彼の整った顔が間近にある。

「っちょ、!」

 それにびっくりして彼の居ない方向へ後ずさろうとしてもガッと力強く顎を掴まれ、もう片方の手は私の腕を掴む。これも例の体質のおかげで痛みは感じないけどビクともせず、顎を粉砕するつもりなんじゃないかとすら思える。腕を握る手は義手。光沢のある黒の皮手袋をつけているけどヒンヤリと冷たくて両手の温度の違いがよく分かる。
 部屋に2人、密着した男女。――なんて、ファンなら喜ぶシチュエーションなのかもしれないけど色気も何もあったものじゃない。ただ静かに見下ろされる眼差しは愛をささやく類じゃない。人を人と思っていない目だ。冷たく、何の感情も灯していない目。ああ、すっかり忘れていたんだけどこの人は暗殺者なのだ。殺されていないのは私がまだ使えると思っているから。まだ何らかの形で扱えると思っているからに過ぎないのだ。

「…わ、たしはただの、普通の人間、だし」
「……教えてやる、藤咲ゆう。毒を盛ろうが睡眠薬をアホほど入れようがこれっぽっちも効かねえ人間は一般人と言わねえ。XANXUSに気に入られ、マーモンにも何らかの形で役立つと思われている人間は一般人とは決して言わねえんだあ。お前はお前が思っているより、面白い身体を持ってやがる」

 それは爆弾を落とされたような衝撃的な言葉。
 いつの間になんて聞くのすら野暮というもの。そりゃそうだ、何者か疑わしい人間を―例えそれが戦えない人だったとして―そのままおいそれと内側においておく人間なんてよほどの強者か愚者だ。
 彼らはもちろん前者に入るけどそれでも情報が明らかに足りないだろう。しかもただ戦えない人間というだけでは飽き足らずこんなヘンテコな体質持ちとなればなおさら。スクアーロが言っていることが本当ならこれまでに準備されていた食事には毒や睡眠薬を実際扱われたということなのだろう。
 …ご飯を一緒に食べてくれていたのは残さずそれらを口にしたか確認していたという理由だったのだと分かると納得さえする。仲間扱いではなく、馴れ合いではなく、監視。なるほど、それは確かにヴァリアーらしいと妙な納得。

「お前はこっち側だぜえ」

 以前、骸にも似たようなことを話されたことがある。私は化け物だと。異端であると。言い聞かせるように、私の精神に馴染ませるように、執拗に言われた言葉だった。
 だけどそれと違うのは骸が私に決して傷つく言葉を言わなかったこと、まるで私のことを理解してくれようとしているように話したということだ。もちろん化け物という言葉、異端という言葉が傷つかなかったのかと言われればそうじゃない。でも実際そうなのだから否定しようがない。事実なのだ。
 それに比べスクアーロの言葉はどこまでも傲慢。それが当然だろうと言わんばかりの言い方。決めつけかかり、私は人間ではないのだと否定する。そして当然のように自分達もそうではないのだと、普通枠から逸脱していることを肯定する。性格が表れているようだった。

「それでもお前は帰りたい場所があんのか。お前、普通の人間でやっていけんのか」
「……」
「悪いことは言わねえ、こっちに居ろ。全部終われば楽しい日々を過ごさせてやる」

 これは強烈なスカウト、とでも言うべきなのだろうか。確かに彼の言葉は魅力的に思えないでもない。
 ツナ達にああやって啖呵をきった手前、何も解決することなく彼らの前に再度姿を現すことはそう簡単には出来なくなってしまった。敵として、ヴァリアーとしてならともかく、実はそうじゃなかったんですよーなんて言い分が通るはずもない。彼らの中で私は敵枠と断定された。ツナはそう思っているかどうか分からないけど少なくともその背後、リボーンやCEDEFの人達はそう判断したに違いない。
 ならばいっそのこと、順序が逆になってしまったけどヴァリアーに所属する方が色々と便利ではあるのだ。……リング戦が終わってからは色々ややこしいことになるだろうけど。
 彼は私の答えなど待つことはない。というか私が何と応えようと興味もなかったのかもしれない。

「楽しくやろうぜえ。化物同士、何も気遣う必要はねえからなあ」

 楽しげにくつくつと喉を鳴らすその様子が苛立たしい。
 スクアーロはそれだけ言うとあっさり私を解放する。いつの間にかもう時間になっていたらしい。逃げるなとも待ってろとも言わず閉じられた扉。鍵がかけられた音はしていないけど何だか身体がとても重くとてもじゃないけど確認しに行く元気がない。未だ腕が握られているような感覚すらして、とても動ける状態じゃなかった。…これがあの人の策略だというのなら恐ろしすぎるよホント。

「……こっち側、か」

 いつの間にか外は雨が降っていた。



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