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「極限太陽!!」

 手に汗を握る戦闘がやっと終わった。そう実感できたのはお兄さんが戦っていた特設リングが崩れたからかもしれないし、チェルベッロが明日の対戦について話したからなのかもしれない。お兄さんが晴れやかな顔でオレに渡してくれた、リングボックスに嵌まったたった一つの出来上がったリング。無事に終わることができたものの二人が戦っていた場所はほとんど相手が最後に仲間に撃たれたせいで血まみれになっていて、早くに目を伏せたけどその光景が目に焼き付いて離れない。
 リングボックスには七つ入るところがある内のたった一つ。なのに、それがこんなに重い。リボーンがこの指輪のためにどれだけの血が流れたか分からないって言っていた意味が分かったような気がする。もちろんボンゴレじゃない人たちからも狙われただろうし、こうやった戦いがあったのかもしれない。…これには人の生命が、詰まっているんだ。そう思うと手が震えてしまう。残りを全て集めるまでに何人の、どれだけの血が流れるって言うんだ。だってこれからは、…それがオレの知っている人たちの血だっていうのに。

 状況は最悪だった。こんなことをするために仲間を作ったわけじゃない。友達が欲しいなと思ったけどこんなことに巻き込むためじゃない。オレは誰かに傷ついてほしかったわけじゃない。リボーンが来てから楽しいこともあったのは確かだったけど先月からオレの大事な人たちが傷ついてばかりじゃないか。お兄さんだって今は戦いに勝利したことで喜んでくれてはいるけど先月は歯を抜かれている。修行に簡単に応じてくれた獄寺くんや山本だって骸を倒しに黒曜ランドに行ったときはひどい怪我を負ったんだ。
 ……あの時のことをオレは今でも色鮮やかに思い出すことができる。
 だってオレは今まで何からでも逃げてばかりのダメツナで、京子ちゃんに会えればラッキーぐらいしか思わず学校に行ってなくて。友達ができて、楽しかったのに。嬉しかったのに。なのにそんな皆が傷ついていく。全部ボンゴレ十代目っていうモノのせいで。
 今回だってそうだし、それに明日はランボだ。五歳児があんなヤバそうな相手だなんて…リボーンが何と言ったところで棄権するべきなんだ。そうじゃなきゃあいつは殺されてしまう。そういえば最初はランボも敵として来たんだっけ。しかも他のファミリーだっていうのにボンゴレの守護者に選ばれるとか本当にどうかしてるよ。まさかあの時のオレもここまで馴染むとは思ってもみなかったけどさ。

「なあランボ」
「何ですか、若きボンゴレ」

 夜中、風呂から出たオレが会ったのは大人ランボだった。いつものように十年バズーカを爆発させたみたいだけど頼んだところで代わりに戦ってくれることはないらしい。
 そりゃそうだよな、痛いのは嫌だよな。
 オレだって嫌だ。オレは五歳児の、この世界のランボだけを心配していたけどきっとそれだけじゃ駄目だったんだ。誰だって戦うことが好きなわけじゃない。できればオレだって普通に生活して、皆と騒いで、進学して。高校にだって通って多分大学も行って。できたら今度はサラリーマンになって結婚? うん、できるかどうか分からないけどそういう生活が普通だって信じてきた。
 …だけどもう戻れないんだ。大人ランボと話していたらパラレルワールドなんて聞いたこともない言葉まで出てくる有様で、どうやらオレの前にいる大人ランボは戦うどころかリング戦の記憶もない、ようだった。そりゃ羨ましいよ。オレだって大人ランボのいる世界に行きたい。…だけど、それでもオレはこの大人ランボに呼ばれる通りボンゴレのボスになっているのだろう。そもそもボンゴレのボスになるつもりなんてオレにはなかったけどリング戦を伴わない世界があるならそっちの方が平和じゃないか。

「お前、押切ゆうちゃんって知ってるか?」

 リング戦を知っている未来から来た大人ランボだったらそりゃリング戦の秘訣だとかそういったことを聞きたかったんだけどそれも出来ないなら今、オレが気になっている人のことを聞くのが当然なわけで。聞いたのはただこんなチャンスもう無いからだ。リボーンや他の人が居たらきっと気まずい顔をしていたかもしれないと分かっているからこそ今しかない。

 ”押切ゆう”というクラスメイトは不思議な子だった。
 なんて言えばいいのかな、言葉にするのが難しいんだけど、どことなく大人びているというか。学級委員だとかそういったものが似合いそうで、でもあまり目立つことが好きじゃなさそうで。その割に獄寺くんを怖がることなく意外と話が出来ていたりして。

 だけどあれからオレ達の前に姿を現すことがなかった。
 今オレが居ない間にふらっと出席しているかもしれないけどきっとそんなこともないだろう。あの日を境にオレ達は離れてしまった。理解することもできず、話を最後まで聞いてあげることも出来ずに帰らせ、それから会えずにいる。オレにしか体験していない血まみれで黒曜センターを走り回っていたあの姿から先、オレは彼女の姿を見ていない。
 最後にゆうちゃんのことを見たのはきっと、オレだ。
 だからこそ、オレだけじゃなく皆、きっとその事についての後悔はある。でもあの子が通わなくなったことで事件にはなっていない。元々体調がよくなくてまた休みにもどっただけだと先生は言うけどそれだけじゃないと踏んでいた。会って話をしたいと思うほどに、オレ達は彼女の事を何一つ知らないのに責めたててしまったんだと日が経つごとに思ってしまう。だってあの時の表情を、嘘つき呼ばわりされたあの時の表情を、忘れられないんだ。
 ランボもたまにスーパーにつれていっては渋いあの塩飴を見つけてゆうに会いたいと駄々を捏ねるけどそもそも姿を現さない人に会わせることもできず曖昧に返事をしてばかりだったっけ。この大人ランボが覚えているのか分かんないけどただ聞いてみたかった。オレは、オレ達は果たしてあれから会えたのか。話を聞くことができたのか。話し合えることができたのか。……あの人は、一体何者だったのか。ランボはやがて口を開く。

「どなたですか?少なくともオレは知りませんが…」
「え、」
「先ほども言いましたがパラレルワールドなのでしょう。オレがいる世界にそんな人はいませんよ」

 そういうこともあるのか。今まで何度か十年バズーカを使ってきて、そのたび大人ランボの周りには違う人がいたのに初めましての自己紹介になったこともなかったからそんな可能性自体を考えたことはなかった。
 そうか、リング戦がなかった世界があるなら”その人自身がいないこと”だってあるのか。するりと納得できた割にどうしてモヤっとしてしまったのかオレにはわからなかった。大体この人関連でスッキリした試しはあんまりないんだけど。…ゆうちゃんの居ない世界。考えると不思議だったけど言いかえればオレが居ない世界だってどこかにはあるんだろうなんてちょっと難しく考えてみたりしてこの辺りで終わっておく。ややこしいことは昔から苦手だ。
 ついでにまた何か聞いておこうかと思ったのにちょうど五分が経過してしまったらしい。ボフンッと音がして煙が辺りを包み込み、気が付けばテーブルの上に眠っているのはいつものランボで大きく息を吐いた。

 ……この世界の人間じゃない、違う世界からやって来た、か。

 本当に、嘘をついていたのかな。本当に、あの子の話したことは全て嘘だったのかな。今となっては分からない。確認しようにも本人に会えないけど。

「本当、どうなってんだろうな」

 眠っているランボに聞いたところで答えが返ってくるはずもなく。
 骸の事件の前に消えてしまったゆうちゃん、ランチアさんが気にかけていた藤咲さんとヴァリアーの人が連れていた藤咲さん。あ、それと未だ誰か分かっていない霧の守護者、か。分からないことばかりが増えていくばかりでオレは大きく溜息をつきながらランボを抱え階段を上る。
 考えたって仕方がない。眠って起きたら朝が来るように時間は皆平等に進んでいくならオレができるのはせいぜい寝るぐらいだ。
 だって明日は、



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