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「…藤咲?」

 小さく呟いたのはツナだった。なのにどうしてだろう、遠くにいるはずの私にまで聞くことが出来たのは。周りがあまりにも静かだったからだろうか。耳を澄ましても他にはゴーラ・モスカの起動音ぐらい。後ろにヴァリアーの人たちがいるって言うのに彼らの気配はなく、ただ私の方へと伸びる彼らの影だけがその存在を主張しているよう。いつもは騒がしいのに今夜はそんなこともなく、ただ何となく、ああこの人たちは本当に暗殺者なんだなとぼんやりと思った。

(…大変だったねツナ)

 もちろん、私もだけど。なんてそれはほんのちょっと付け加えたりして。私はそうやって心の中でしか彼に伝えることはできないのだ。
 ツナを黒曜編の最初から見ることはできなかったけど、あれから、それと今回の修行の末、随分強くなったに違いない。フードの下からちらりと覗くように見下ろすとこっちにもいろんなことがあったせいか余計久しぶりに彼らを見た気がする。ほとんどの人は黒曜編に入ってからはあの夜以来か。

 結局、皆とあれから詰めた話をすることは出来なかった。押切ゆうとして不思議な体質であることは記憶の件を筆頭にリボーンには見破られていたようでいずれそれを話す日が来るだろうとは思ってもいた。だけどあの日を境に私は彼らの傍に居ることはできなくなり、今に至る。
 分かってもらおうと理解を求めたわけじゃない。ただ説明しろと言われ、私に分かる範囲で話をしたら嘘つき呼ばわりされた。違う世界から来ただなんて信じられないと真っ向から否定された。そこから先、逃げるように立ち去って以来彼らとの縁はなかった。…だからと言って彼らを咎めるつもりも責めるつもりもサラサラないのは私が彼らと同じ立場ならきっと同じことを言っただろうから。もっと話をしていれば良かったね。もっと話を信じてもらえるよう、仲を深めていれば。最初から隠してさえいなければ。
 今となってはもう何もかも遅いけどまさか君達の敵としてこうやって姿を現すことになるとは思わなかったよホント。どう転がるか分かったものじゃない。

「藤咲さん、ランチアさんが君を心配していたんだ!」
「……え、」

 こんな場面は原作にはなかった。だから私はとっとと撤退すべきだと思って彼らの言う通りにしていたと言うのに、その予想を崩したのはまさかのツナだった。私も思わず反応してしまったけど冷や汗がたらりと流れていく。
 できるだけ話したくないのに。ここで関わりも持ちたくないのに。後ろからクッと聞こえた誰かの楽しげな笑いは、きっと分かってるからこそ、だ。

「おい藤咲、知り合いかあ?」

 私が彼らを知っていることを。一方的に知っていて、且つ好意的であることを彼は知っている。XANXUSから聞いていたのかもしれない。もしくはそもそもイタリアに連れて来た時点でそういう予想はたてられていたのかもしれない。同じ並盛だもの、そう考えるのが自然だ。
 だけど私はここでどうすればいいのか、それを教えてくれる人はいなかった。前も後ろも横も敵だらけだ。ここは敵地、味方など誰一人として居ない。

 助けてと一言叫びここから飛び降りれば助けてくれる?
 ――いやそんな馬鹿な。そんなことを後ろに居る彼らが許してくれるとは思えないし、そもそもここまで抵抗なくヴァリアー側にいた人間のことをそう簡単に信用は出来ないに違いない。

 この時点で門外顧問の人達には助力を願うことなんてこれっぽっちも考えてはいない。この傾斜を上手く降りれられたとしてもリボーンによって銃を突きつけられもっと厄介なことになるのかも。ここで場をかき乱すのはよろしくない。私が押切ゆうでしたと言ったところでそれも変わりはしないだろうし。
 …ううん、そんなことはもういい。期待するのはもうやめた。
 私は誰かに助けを求めちゃならないのだ。私が生きたいのであれば私が動かなくちゃならない。私が、何らかの行動を起こさなくちゃ。

 ふ、と笑ってしまった理由は自分でも分からなかった。
 驚くことにこの世界、”私”を受け入れてくれたのは恭弥と、後ろにいる彼らだ。とは言えヴァリアーにおいて私がどういう扱いなのかは未だ私も分からず、信頼たるものなのかと問われれば素直に頷くことも出来ない。
 だけど私は改めて主人公側には居てはならないらしいと受け取った。この世界は私を平気で事件に巻き込むくせに、関わらせるくせにその位置は限りなく端に近い。そういう在り方を望まれてるなら私はそうしよう。――私は恐らく、彼らの元に行ってはならないのだ。そう望まれ、配置されているのだ。

「藤咲さん、オレはランチアさんに「人違いは困るよ」」

 ランチアさんの名前も久しぶりに聞いた。彼も元気にしているのだろうか。黒曜編が終わってからは恐らく骸と同様復讐者のところへ連れ去られていたはずだろうけどどこかでツナに話したのだろうか。確かにランチアさんには本名を名乗ったけどまさかツナの方にその情報が流れるとは思わなかったな。
 …彼は何かを話したのだろうか。
 でも彼には私の体質のヒントとなるようなことも話してはいないしその辺りの心配はないはず。もしかすると優しい人だからこちら宛に何か伝言でも聞いているのかもしれない。だけど私は同一人物としてここでそれを聞く訳にはいかない。ここで繋がりを認める訳にも、これ以上疑問を抱かせる訳にもいかない。
 だから敢えてツナの言葉を遮るようにして声を大きく張り上げる。顔は隠せても声ばかりはどうにもならない。ほんの少し意識して低めに話し、人違いだともう1度否定する。

「君の言うランチアって人も知らないな」
「だけど、」

 この場にいる藤咲は黒曜編で名前が挙がった”藤咲”とは別人だった。
 そもそも皆の目の前にいる隊服を着た”藤咲”という人間はもう金輪際彼らの前に姿を現すことはない。ヴァリアーの敗北と共に姿を消す。
 それぐらい徹底しないと今後ややこしくなるだろう。そうやって私の居場所はなくなっていく。だけど良い。だけど、…もう良い。もう後戻りなんてできやしない。縋り付くことは辞めなくちゃ。頼ることもなく私は自分の足で立ち上がり、歩まなければならないということを知ってしまったから。この舞台に見続ける為に求められることならばそれを私は実行する。

「帰ろう、…”ボス”。もういいでしょう」

 私が選んだのは拒絶と回避。もうこれ以上ツナ達に関わるわけにはいかない。私は一刻も早く彼らの前から姿を消さなくちゃならない。だから、もう彼らに反応することはなくXANXUSを呼ぶ。
不思議と声は震えなかった。けれど、くるりと振り返るとさっきまで無表情だったはずのベルが、スクアーロが嗤っている。よく出来ましたと言わんばかりに。私の言葉が思惑通りだったと言わんばかりに。ここまでが計算だったのだろうか。私が彼らを拒絶するということを知っていたのだろうか。…私は上手く動かされていたということなのか。

「ボス」

 だけど一度言った言葉はもう撤回することは出来ない。背後から、側面からチリチリとさっきよりも強い視線を感じながら私はXANXUSだけを見る。この場を収めてくれるのは彼以外いないからだ。彼以外に適任なんて誰もいないのだから。だから、…早く。

「そうだな、『帰る』とするか」

 これは全て計算だったのかも。あるいは私を試していたのかも。それはただ私の憶測に過ぎなかったけど無表情を貫いていたXANXUSがここまで他に何も言わなかったということは、きっとそういうことだ。
 …ああ、最悪。
 だけどもう戻る事なんて選択肢は私には用意されていない。唇を噛み締め、暗殺集団の方へと一歩踏み出した。



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