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あれだけ帰りたいと望んでいた日本なのにいざこうなると分からないものだ。いや、これから家に帰れるなら喜んだと思うんだよ。
そういえば家を出た時にドアに鍵はかけたものの窓は開けていたような気もするし空き巣とか入られてたらどうしよう…この期間多分まだ恭弥はディーノさんと修行中で帰ってきてはないだろうし流石にあそこに風紀委員も出入りは許されてなかっただろうし。
あちこちで修行しているはずの恭弥がいつ並盛に戻るか覚えてないけどバレた暁にはきっと怒られる。もう二度と外出を許してくれないんじゃないかという不安すらあるぐらいだ。だって私は恭弥の懸念した通り、しっかりと巻き込まれてしまったわけだから。
「モスカ、私をその辺りで捨ててくれない?」
「……」
「藤咲ビビってんのダッセー」
「この辺りで放り投げてくれたら嬉しいんだけどな…」
あれからの記憶はほとんどない。
多分お酒を飲んだ結果、普通に気持ち悪くなって眠ってしまったようだった。XANXUSの前で吐くようなことにならなくて本当によかった。そんなことしたらジェットから締め出されていたことだろう。幸いにも起こされることはなかった。代わりに着陸する大きな音で目覚め、気が付けばXANXUSは先に降りていたしマーモンに急かされるようにして下ろされ「生きてて良かったな」とベルに頭を叩かれたわけだった。
その後、長い移動を開始する。
私はと言えばやっぱりモスカによって運ばれとうとう並盛へと戻ってきてしまったと遠くに見える並盛中央病院を見ながら一つ溜息。今私達が立っている場所に見覚えはないけどもしかすると明るい時に見たらやっぱり知っている場所なのかもしれない。とうとうこの地が、恭弥の大事にしていた場所が平穏でなくなってしまう日が来てしまったのだ。
「待てェレヴィ!」
先に到着していたレヴィが雷の守護者を探しに動いていると聞いた辺りから嫌な予感はしていた。それまで曖昧だった記憶が鮮やかに蘇りあ、もうこのシーンなのだと分かってしまった。
これはヴァリアーが初めて、スクアーロにとっては2度目の沢田綱吉との対面になる。
そして宣言されるリング戦の開始。何とも少年漫画らしい展開じゃないか! って漫画を手にしていた時はそう思っていたというのに今となれば憂鬱でしかない。一応その場面を直接見る前に思い出せたことだけが唯一の救いだろう。
だからこそモスカの前を走っていたスクアーロが大きな声を出して木々を抜けた瞬間から自分なりに精一杯の速度でモスカの後ろへ回り、自分の身体をその巨体に隠れるように立ち回る。キュイン、キュインと何度か私を探す動作をしたもののその手を握ることでモスカの手の上に再度乗せられることは防がれたようだった。
「よくもだましてくれたなぁ、カスども!」
「で…でたーっ!」
出来ることなら原作は変わらない方がいい。私がここで発言することはないとしても、何かしら歪みが出るのは防いでおきたい。
モスカの機械に額を擦り付け、ただその時が過ぎ去るのを待つ。私の視界はモスカでいっぱいだったけど耳まではは塞ぐことは出来ない。皆の話す声、金属の音、モスカの内部の何かが作動している音。かくれんぼなんてしばらくしたことなんてなかったけれどどうかバレないでいてほしいと願うばかりだ。
目を瞑れば、見えていないはずなのに私には漫画やアニメのシーンで再生することが出来た。
ツナ達はさぞ驚いていることだろう。せっかく黒曜編が終わって、落ち着いたと思ったのに突然こんな事になるなんてと嘆いているのかもしれない。だけど彼はもう、拳を振るうことを止められはしない。物語はそういう風に進んでいく。誰に止められることもなく、歪まされることもなく決められたルートだ。
スクアーロが雨のリングの所有者を問いかけ、隼人がそれに答え。XANXUSがツナの名前を呼び、左手から例の炎を出し、それが放たれる前に私たちの前に投げられるツルハシ。
…知っている流れ、知っている会話。
荒々しい集団は怖いほどに静かだ。私もそっとXANXUSの手に渡る手紙を覗いたけど残念ながらそれは私では読める文字じゃなかった。これもまたイタリア語だろう。
リング戦へと繋がる会話を聞きつつこっそりゴーラ・モスカの影から辺りを伺う。間知ブロックで敷き詰められた擁壁の上にいる私達と、その下にいるツナ達、そして私達と別の位置に現れた沢田家光とバジル…と、知らない人。門外顧問のメンバーにも見えないように逆方面へとそそくさと移動し呼吸も浅くしてただ待つ。私にできるのはせいぜいそれぐらいだ。
ここに居るのはボンゴレとヴァリアーと門外顧問、そしてチェルベッロと部外者。
何もかも知らない主人公たちと策を練ったヴァリアーと情報に踊らされる門外顧問、目的とかが全然分からないチェルベッロとこれから起こる何もかもを知っている私と。誰がこんな形で原作の一端を見られると思っただろう。日常編も黒曜編もリボーンの世界にいたのに常に裏側で、彼らの言動からなんとか原作通りに物語が進んでいるんだなと把握していたぐらいだっていうのに。
もちろん少し見たかったなっていう気持ちは確かにあった。だけどそれは出来ることならヴァリアー側じゃなくて向こうでありたかった、かな。
「う゛お゛ぉい藤咲! てめえもあいつらを見ておけえ」
「へっ?」
私の思惑は途中まで上手くいっていたはずだった。モスカの後ろに隠れ続けて何とかやり過ごすはずだった。終わったあとはどうにかして、騒ぎに乗じて恭弥の元へ戻る。それが私の作戦。どこでのタイミングにするか、どうやってそれを実行するかは決まっていないのにそれだけ決まれば後はどうにかなるようになれと思っていたのに突然腕をガッシリ掴まれ引っ張り出された。
いきなりのことに踏ん張ることも出来ずにふらつき皆の前に突き出されたものの見事べしゃりと地面に四つん這いになりベルが後ろからダッセーと笑う声が聞こえてくる。
「藤咲は戦わねーけどアレ、敵だから。ちゃんと見て覚えてなよ」
これはXANXUSの指示、じゃないのだろうか。後ろにいる彼らの表情を伺うことは出来ず、私はそのまま立ち上がることも出来ずにそのままの状態で固まった。
(……やばい)
夜だけど月はしっかり出ているしまずい。逆光になるかもしれないけど顔を見られたくはない。それに、――私は他の人たちみたいに能力に秀でている訳じゃないけど視線を下から、横から、後ろから感じている。ざわついているのを感じている。
そりゃそうだ、ツナ達にとってヴァリアーの人間は全員知らない人だから何の違和感もないだろうけどヴァリアーを知っている人たちからすれば私なんて知らない人物のはず。警戒するのも当然な訳で。
あれ、どこまで話が進んだんだろう。
途中までは聞いていたのにぼんやりとしていたらしい。吐息が熱いのは酒気を帯びているからなのか緊張しているからなのか区別がつかない。気が付けば私の視界の端にはチェルベッロまで居る。もうすぐ終わるところだったのに。もうすぐヴァリアーがツナたちの前から姿を消すところだったのに何てことだ。
どうしよう、
どうしたらいい?
…私は何をしたらいい?
隊服に身を包んでしまった今、通りすがりの人間なんて言い訳が通じるとは思えない。目を合わせるのが怖い。何かを変えさせてしまうのが怖い。チッと後ろから舌打ちが聞こえるけどそれでも、…それでもだ。
「ツケてあげるよ」
地面を見っぱなしだった私の頭にぱさりとかかる何か。なんだろうと手を伸ばすとそれはどうやらフードのようだった。あれ、私この隊服にそんなものついてなかったんだけど。「仕方がないからね」呟くマーモンにそれが幻覚であることを知る。感触は至って本物なんだけどこれがいわゆる有幻覚とかそういった類のものなのだろう。
「……ありがとう」
顔が見られないというのは今の時点においてどんな武器よりも最強の装備だった。震える足をなだめ、立ち上がり、XANXUSの横に立つ。それからフードが決して外れないように手で添えることも忘れずに。「何だそれ」とスクアーロが鼻で笑うけど私はそれに答えることはなく彼の言葉通り、要望通りに彼らを見下ろした。
(…早く終わらさなくちゃ)
私の中にはそれだけが占めていた。彼らの思い通りに動けば原作の流れに戻る。早くそうしなくちゃ。だってこれは、
これは、私の知っている原作の流れから少し違うから。
だから改めて、まるで全員が初対面かのように下に居る人達のことをゆっくりと観察する。
皆、茫然とこちらを見上げていた。一部は知っているどころか実際喋ったことのある人たちだったけど反応しないように、冷静に、機械的に見る。イーピンが傷だらけだったけどその他は怪我をしている様子はない。ただヴァリアーの人たちの威圧に負けたのか、ツナだけは特に顔色が優れていないといったところかな。レヴィが雷の守護者であるランボを狙った所為で、子どもたちは怖い思いをしたに違いない。そしてその他は攻撃をされたわけではないけれど、どちらかというと精神的に追い詰められた、というように見える。
「ちゃんと覚えたかあ、藤咲」
「…見た」
さあこれで満足でしょう。だから早く漫画の1場面に戻ろう。
私はあくまでも部外者、来訪者、異質で異端の者。炎を借りることでしかこの世界に居られることのできない紛い物に過ぎず、この舞台に立ち入る権利は本当はないのだから。