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(…そういえば何で日本へ行くんだろう)

 そんな疑問は数分後解決された。彼らがやがて止まったのは何もない広く開けた土地だった。…ああそりゃそうだよね。空港に行き公共の乗り物なんて乗れるはずもないしましてやゴーラ・モスカがいる。私の前にはボンゴレのマークがついたジェットと何も描かれない真っ白なジェットの2機があり、空港で脱走するなんてことはそもそも無理だったのだと悟る。

「じゃ、またあとでなー藤咲。生きてたらまた会おうぜ」
「え!?」

 どちらに誰が乗るなんて一目瞭然。当然皆はボンゴレの方に乗ってせいぜい私とゴーラ・モスカが後ろかな、とか思っていたらスクアーロに背中をドンと押されそのまま地面に落とされる。何という乱暴さ。完全油断していたしゴーラ・モスカの手もそこそこ高さがある。普通の人なら絶対怪我しているんだからね! 文句はグッと堪えてそのままベルについていこうとしたらししっと彼は笑い、「お前はあっち」とボンゴレのジェットを指さした。

 …いやいやちょっと待ってよ。

 ベル、スクアーロ、ゴーラ・モスカ。2人と1体が向こうへ行く中、私はマーモンと一緒にボンゴレのマークが後ろに描かれたジェットへと連れていかれる。私の横にはマーモンしかいない。
 だけどここは逃げられるような場所じゃない。どうしようもなく嫌な予感がする。ツナみたいな超直感を持っていなくてもそれぐらいわかる。でもこれはベルの決定じゃないだろう。スクアーロだって何も言わなかったってことは彼らより上の立場の人がそう命じたからだ。少し戸惑ったけど今更ここで殺されることもないかもしれない、と重い足を引きずりジェットへ入るとそこには既にXANXUSが座っていた。

 …帰りたい。

 許されるならこの場所に1秒たりとも居たくない。
 だけど後ろのドアは既に閉じ、私に逃げ場はなかった。ギロリと睨まれ、冷や汗が噴き出す。この人と会うのはイタリアに連れて来られた時以来だから数日ぶりなんだけどあの時の恐怖はいつだってすぐに思い出せる。あんな恐ろしいことはもう嫌だ。あんな怖いことはもう経験なんてしたくない。

「座りなよ」
「…うん」

 いつまでも動かない私に痺れをきらしたマーモンに促されるままXANXUSと対面に座った。
 恐る恐る辺りを見渡し、近くにあるものを確認する。真ん中に配置されたローテーブルを挟むように椅子が左右に分かれ2つずつ。後ろにはカウンターがあり、その奥にも部屋があるようだったけど私が行くことはなさそうだ。
 深呼吸をして浅く座り、そのまま視線をこれ以上合わすまいと自分の足元を見ながら早く時間が過ぎ去ってくれと願うその気分は圧迫面接を受けに来た就活生だ。おかしいな、数年前にこれは終わったはずなんだけど。
 日本までどれぐらいで到着するんだろう。
 この人の視界に入らないよう、私もまたこの人を視界に入れることのないよう壁際に居たいけどそれも難しいだろうなあ。

(今頃、皆は修行中だろうなあ)

 多分だけど。いつの間にスクアーロが持って帰ってきたリングが偽物だとバレたんだろうなあ。偽物、要らないなら欲しいって言っておけば誰かくれたんじゃないのかなとかそんな事を思いつつやがてゴゴゴゴゴとジェットの音が響き離陸するあの浮遊感に身体をゾクリと震わせる。
 当然だけど私が旅行で使っているような飛行機ではなくこれは恐らくボンゴレの所有のもの。アナウンスが流れてくる訳でなければ優しいお姉さんが来てくれる訳でなければ料理を持ってきてくれる訳でもない。快適か快適じゃないかと問われればそりゃ快適なんだろうけどそもそも数人を運ぶ用にしか出来ていないだろうこの質素を極めた内装に目の前にXANXUS。そりゃ身体が縮こまらない方がおかしいでしょう。

 カランと音が鳴りハッと思わず顔をあげるとXANXUSが空のグラスを私達を隔てるテーブルの上に置いたところだった。
 ほのかに香る良い匂いにさぞいいお酒を飲んでいるんだろうなとラベルを見たけど残念ながら一般人である私には読むことも出来なければ呑んだこともない琥珀のお酒だった。

「あ、どうぞ」

 思わずそれに手を伸ばし、瓶を持ってしまったのは社会人生活にも、またそれにまつわる飲み会に悲しくも慣れてしまったからだ。またギロリと睨まれヒッと喉からか細い声が洩れてしまったけど1度持ったものを戻すことも、瓶を落とすことも死刑宣告のようにしか思えず私に空になったグラスを突き出すまでおどおどとしながらXANXUSを見返すことしか出来なかった。どうやら私の意図は汲んでくれたらしい。

 …こぼさないように、慎重に。

 笑えてしまうほど手は震え、彼の手や服に跳ねないか怯えつつ何とか入れてしまうと安堵しテーブルの上に瓶を置く。たまに自分の行動が恐ろしい時があるよホント。気をつけなくちゃ。
 直後どこからともなくフワフワと1つの大きな氷が入っただけのグラスが浮遊する。私の前にコトリと置かれたことにギョッとして張本人を見るとマーモンはフードの所為で目元は見えないもののニヤリと口を歪ませている。…これは言わなくても分かる。マーモンが呑みたいというわけじゃなく、間違いなく私に呑めと言っているのだ。

「……」

 迷ったのは一瞬。ええいどうにでもなれと思ったのも一瞬。
 ここで硬直して殺される方がよっぽど恐ろしい。XANXUSに注いだ量の半分だけを自分のグラスにも入れ、「いただきます」と一声かけるとそのままグッと一気にそれを呷る。

「ッ、か、きっつ…!」
「…ハッ、ガキか」

 元々お酒には弱いということはなかったけどそう強いこともなく、また呑んだものの種類や度数なんて分かるほど慣れてはいない。ただ喉が本気で焼けるかと思った。冷たい飲み物なのに喉を通る頃には炎を飲んでいるのかと思えるほど熱かった。噎せて前屈みで吐き出しそうになるのを抑えると頭上からXANXUSが鼻で嘲笑う声が聞こえ恥ずかしくて穴があったら入りたい気分にもなったけど残念ながら私にそんな能力はない。
 美味しさ? そんなものが分かる訳がない。そのまま手を伸ばして水で流し込むと未だ喉がヒリヒリするものの緊張は何処かにふっ飛ばされてしまったらしい。さっきよりXANXUSの顔を直視できるのもアルコールが少し入ったおかげだろうか。ふ、とXANXUSの雰囲気が和らいだような気がする。

「…今から並盛へ?」
「るせえ」

 現時刻は分からない。どうだろう、このまますぐ並盛に行くのだろうか。この時間帯のヴァリアー側のことなんて何も書かれてはいなかったけれどよくよく考えるとそれは結構まずいことなのだ。
 もし並盛に行くとなれば私の知っている場面に出くわす可能性が高い。XANXUSとツナ達の邂逅。チェルベッロ、沢田家光、バジル。私の見たことのない人たちと会うことになるしそこに私が加わるのは非常にまずい。

「……あの、私お留守番じゃだめですか」
「あ?」
「顔を合わせたくない人が居るんです」
「知り合いか」
「…いや、多分向こうはわからないと思いますが」

 どうだろうなあ、隼人なら分かるかもしれないけど何せ話したのはほんの一瞬だしこっちは名前も伝えていない。そもそも覚えていない可能性の方が高いだろう。
 というか私としては日本に下ろしてもらった時点で別行動というか解放してくれるとありがたいけどどうやらそういう訳には行かないのだろうとこのジェットに乗り込んだ時点で悟っている。ゴーラ・モスカの事を話してくれるのかと思ったけどそうでなく、果てしなく謎だ。何で私だけがこっちに呼ばれたんだろう。ただの一般人でしかない私を。
 だけどXANXUSは凶悪な笑みを浮かべ私がようやく空けたグラスへと更に酒を注ぐ。

「なら、余計連れて行かねえとな」
「……え゛」

 痛恨のミスであると知ったのはその時だ。あれ、もしかして私今の発言がなければお留守番だったのでは?

「え、それって拒否権は?」
「あ?」
「…え、あ、いや……何もないです…」

 「君って馬鹿だよね」と隣に座るマーモンに言われ私はがっくりと項垂れた。ファンタズマが慰めるように私の膝をペシペシ叩く。



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