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「藤咲さっきからマジできもちわりー」
「そんな酷い」

 大して期待していたわけじゃないけど私の扱いって結構酷いんじゃないかと思う。というか丁重に扱われた記憶なんてほとんどなかったんだけど、それでもまだマーモンのところで放置されていた方がマシだったというか。
 ベルに振り回されている時だと私も色々と鬱々考えずにすんだところもあるし良かったなと思ったところもあるし炎供給も助かったというところもあるんだけど結局その後は”藤咲ゆう”の身体じゃなかったら確実に命を何十回も落とすようなことが待っていたわけだし。

 日本に帰してもらえることになったと分かったその後、安堵と同時に衝撃を受けずにはいられなかった。ベルが「やっとだな」と笑った時点で、ああこれは私単体が日本に返してもらえるだけではなく幹部全員による渡日のついでだということが分かってしまったからだ。
 でもここで何もできない一般人がヴァリアーの決定を覆すような何かを起こすようなことができるはずもなく。そのままスクアーロにとある部屋に連れていかれさらにそこで私の思考は固まることとなる。

「ね、ねえ」
「その顔引っ込めろって言ってんだあ。もっと空気読みやがれ」

 いつもの私ならここで原作に介入しないためにはどうするか考えていたはずだった。…多分。リボーンの原作の土台である日常編は私が気付かない間に身近で行われていたわけだけど黒曜編は一端を見てしまった。原作の、漫画で描写されていないギリギリのところを間近で体験してしまった。ならこのヴァリアー編、いわゆるリング戦が行われるときは間違いなく私は恭弥のそばか、彼がディーノさんから修行を受けている間は家に引きこもっておくべきだと思っていたのに。最初から狂わせられているのだ。今からどうにもリセットなんてできることなどできるはずもなく。
 じゃあどうすればいいのか。
 ここまで来てしまったマイナスをプラマイゼロにするにはどうしたらいいのか。
 本来それを今から考えなくちゃならなかった。なのにそれが出来なかったのは彼が用意したもの所為。

「これ、借りてて本当にいいの? 後でお金請求来たりしない?」
「んな訳ねーじゃん。ソレ、隊員は全員支給だし」
「いやいや私ヴァリアーじゃないから」

 ……そんな恐ろしい冗談には真顔で返しておくとして。
 連れていかれた部屋で私が着ていた服だと何かと目立つと言われ着替えさせられたのは黒のコートだった。ついでに黒のパンツ。少しタイトな作りになっているというのに膝や肘を曲げてもまったく窮屈さを感じないほどにストレッチが効いている。
 布は…これ、一体どんな種類のものを使っているんだろう。明らかに私がコスプレするのに買いに行くような布屋では手に入らないような上質なものであるということぐらいしか分からない。
 それからブーツ。これも私のために作られたのではないかと思えるほどサイズはぴったりで、何とも軽い。ここへやって来て数日、実は毎日衣服は用意されていたものと自分が着てきたものを手洗いして何とか回していたからこれは最後に嬉しいものだった。

 そして発狂したのはこれら一式を着込んだ自分がどんな感じなのか姿見で確認したときだ。
 まず手渡された時点でそんな予感はしていたんだけど左腕のところにエンブレムがある。あとはボタンの位置、ベルトの位置、それから――ここまで確認すればもう鏡を見るまでもない。間違いなくこれはベルやスクアーロと同じもの。何と私は、本物のヴァリアーの隊服に袖を通すことになったのだ。

(…これを着ただけでイタリア来てよかったと喜べる自分が恨めしい)

 現金すぎて悲しいけど本音だ。
 建物の中で幹部以外の人を見たことがなかったんだけどこれは明らかに女性サイズ。あまり記憶になかったけど女性もいるのだろう。もっともパンツの裾が長かったこと、胸元がやけに余裕があるような気がしたんだけどそれは気の所為でありたい。そうだそこだけはきっとサイズミスに違いない。
 だけど並中の制服を着せてもらっただけじゃなくヴァリアーの隊服まで着ることが出来るなんて何と役得なのか。これだけでイタリアまで拉致された甲斐がある。怖い思いなんてこれでチャラだ。もちろん私が作ったやつではないけど本物が着れるなんて体験誰も出来ないだろうからね。ウキウキしてるのをベルに見られて頭の異常を心配されているけどこればっかりは仕方がないことだって許してほしい。

「本当に君は安い人間だね」
「…ええ、そうかなあ?」
「まったく。僕にはわからないことだよ」

 服を着替えさせられ、そのまますぐに出立するぞと抵抗する暇もなく連れ出され、現在私たちはヴァリアーの屋敷の出入口にいる。
 ちなみにイタリアに連れて来られてから今までこの玄関のところに一人で来た記憶はない。ベルが散歩と称し色んなところに連れ回された日々だけど意図的にここへは近寄らさなかったんだろう。そういえば結構あちこち走らされたのに同じルートを通らなかったせいで屋敷の中の構造がさっぱり覚えられなかった。唯一覚えているのはマーモンとベルの部屋への帰り道ぐらい。…あれ、これも計算ならさすがに今まで何も疑問を抱かなかった『藤咲ゆう』という人間の思考が単純過ぎて笑えてくる。
 とまあそんな感じで結局右にベル、左にスクアーロで囲まれ私はその間で運ばれている。

 …そう、運ばれている。

 何度も言うけど運ばれているというぐらいなんだから自分の足じゃない。これは逃げる逃げないの問題ではなくひとえに私の歩みが遅いからだ。じゃあ誰に運ばれているかと言えばそれが例のアレ、――ゴーラ・モスカ。彼の手の上に座らされ、そしてその横にマーモンが座っているという変な図が出来上がっている。
 外側から炎を取られることはないとは言えモスカに私をもたせるのは勘弁して欲しかったかな。この中に誰が居るのかも私は分かっているし、その機械の指先から銃弾みたいなものが出てくるのを知っている身としてはもし誤って撃たれたらどうしようかと気が気じゃない。

「……つーかお前、いつの間にマーモンを手懐けやがった」
「え?」
「心外だな。コレは僕の役に立ちそうだから見張っているだけさ」
「コレが使えるわけねーじゃん」

 アレだのコレだのひどい言いようだけど私に言い返す勇気もボキャブラリーも持っていない。たまに私じゃ分からない言語で喋ったりするしもうどうにでもなれと投げやりなところもある。
 イタリアに来てからというもの私には全くと言って一人になれる時間がなかった。供給された炎が十分満たされた今なら何とか”でざいなーずるーむ”に逃げ込むことも出来るんじゃないかと思ったけど試すことも出来ず。せめてあと1人…いやあと2人ぐらい離れてくれれば良いんだけどなあ、なんて私の希望は通るはずもなく。ゴーラ・モスカに背を預け私は生まれて初めてやって来たイタリアの空を見上げる。

 鬱々とした気分とは裏腹にカラッと晴れている大空が恨めしい。



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