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 慣れとは恐ろしいもので誘拐され連れてこられたというのに私にはあまりその意識はない。
 いや、普通なら多分怯えてるんだと思うんだよね。実際彼らが目の前で人を殺したりだとかしたら話は別なんだろうけど、今のところナイフが飛んでくるような小競り合いしか見たことはないし私自身じゃなく幹部相手にだったし、そもそも投げている相手も投げられた相手も普通の運動神経じゃない人達なものだから流血沙汰になったこともない。それがなければただの血の気の多いイケメン集団っていうのが私の感想だった。あ、漫画読んでた時もそんな感じだったんだから大して変わってないというか、兎にも角にもどんな人間達なのかという知識だけでもあることって重要なんだなと改めて思う。
 そういう意味ではXANXUSとは未だ目を合わせるだけで冷や汗ものなんだけど幸いにもあれから彼と会うことはなくマーモンの部屋で悠々自適な軟禁生活を送っている。すぐに普通の体質ではないと見破られたあたり流石アルコバレーノっていうところなのだろうか。

「あ、まだいたんだ」
「まあね」

 たまにベルが話をしに遊びに来てくれるけどどうやらその様子を伺う限り私は客人として扱われているらしく、殺されることもなければ日本に返されることもなく、ただゲームでボッコボコにされるだけの日々だった。リアルじゃなくて良かったと思うよホント。負けっぱなしは悲しいから練習したいとは思うもののどうにも私はヲタクではあってもゲーマーにはなれないようだった。三十戦三十敗、弱すぎと嘲笑われ画面の向こうでベルによって適当に作られた私のキャラクターの頭上にyou lose! と表示されているのが憎い。

「逃げようとか普通思わねえの」
「…うーん、逃げてもすぐ捕まるというか。事態をややこしくさせるぐらいなら大人しくしようと思ってるんだけど」
「ししっ、また訳わかんねーこと言ってる」

 何を言っても変な女扱いされるぐらいで、気が楽ってところはあるかな。確かに私はこの世界における人間らしがらぬ体質をXANXUSやスクアーロに見せたはずなのにだからといって私の待遇が何か変わったわけじゃない。化物だと罵られることもなく、むしろ…何というか逆だ。
 胸元に垂れ下がるリングはすっかり皆の、否、ベルの玩具となっている。誰が気付いたのかは分からないけどこれが私の心臓であることは既に知られていて、私が生きる為の動力源はモスカと同様死ぬ気の炎であることまで見破られ、だからと言って奪われることもなく私の手元にある。
 「藤咲」ぐいっと腕を引っ張られて何事かと思うと私の頬を彼の片手が覆う。その瞬間にポウと光る空のリング。

「やっぱおもしれー」
「…ご、ごちそうさま、です?」

 この世界で生きている人間には等しく与えられている属性の炎を、他の世界からやってきた私は自分で作ることが出来ない。だからこそ他人から炎を貰う必要があった。まだ骸しか知らないその事実は、このままこの世界で生きたいのであればいずれ恭弥にも話し助力を得なければならなかった。そんな矢先にイタリア拉致事件だ。そしてそれが順序をガラリと変えることとなり私は非常に困惑している。

 ──そう、すっかり私は毎日供給を受けることになっていたのだった。

 主にベルからなんだけども何かあるたびにこうやって触れられては供給を受け続け、透明だったはずのリングは血のような真っ赤になっている。モスカに持っていかれた炎の分は確実にベルによって埋められたと言っても過言ではない。
 いやあでもあの時は本当に死ぬかと思ったんだよ。だってあの時、既にこのリングの中には恭弥の色は一旦なくなってしまったわけだ。供給を受けた分の炎は水と油のように混ざり合うこともないようなのでまだ残っているのであれば紫色がどこかにあるはずなんだけどやっぱりないし。真ん中にはこの空のリングの贈り主であるバミューダの夜の炎が芯となってあるものの他はもうほとんどが赤い。だからといって何か自分に変化があったかと聞かれればそうじゃないんだけどひとつだけ発覚したことがある。

「じゃ、腹いっぱい食わせてやったから食後の運動な」
「…ナイフはなしね」
「サボテンにされたくなかったらオレの後一生懸命ついて来いって」

 そう言いきったかと思うとベルは開いた窓から身を投げ、身軽に着地する。ちなみにここは三階で普通の人間であれば怪我をするだろうしそもそもそこから飛び降りるという発想自体ないに違いない。
 早く来いとばかりにこっちを見上げるベルにハァ、と溜息一つ。高所恐怖症だったら卒倒モノだなこれ、なんて場違いなことを考えながら靴紐を堅く縛る。それからリングが割れることのないように服の中に入れ、よいしょと窓枠を乗り越え最後にその辺りで障害物がないかの確認をし、勢いよく飛び降りた。

 ズシャッ

「いでっ」
「相変わらずどんくせーやつ」

 当然、綺麗に着地なんて出来るはずもなく一応足からは降りたものの自分の身体を支える力はなくそのまま地面へべしゃり。ベルがゲラゲラ笑って私のことを指さしているのももう慣れたものでさっさと立ち上がり何もなかったことを確認した。

 元々この世界に来てから分かっていたことだったけど私はやけに頑丈な体質になっている。
 それがわかったのは初めて大怪我を負うべきであった、並中のバスケットゴールが私に直撃した時のことだ。間違いなく大怪我を負うだろうと覚悟したあの時、一切怪我をせずに終えている。それだけじゃない。元の世界に帰らざるを得なくなったあの夜、風紀委員に恨みを持った不良達に囲まれ殴る蹴るの暴力を受けたあの日もそうだ。痛みすら感じることはなく、また怪我が増えることもなかった。切りつけられれば肌から血は流れたけれど、私は打撲に関してであれば脅威の頑丈さを持っている…らしい。そしてその特異的な体質を支えているのが私の身体に、今となればリングに貯められた炎というわけだ。
 つまり私は炎切れをしない限り相当なことがなければ死ぬことはないということ。代償に失うのが自分の蓄えている炎なのだから常に炎が満たされている状態の今、これぐらいじゃ怪我を負うことはない。もちろんこの下に尖ったものがあったりしてそれに刺さり串刺しにならなければの話だけど。

 けれどこの頑丈さを知っても彼らは驚くことがなかった。
 それどころかこれぐらいなければと面白がられる始末で、今となればどこまで大丈夫なのか遊び半分実験されてるという有様。あまり思い出したくはないけどレヴィにもベルにも、マーモンにも実験と称し彼らの得意分野での攻撃を受けた。あまりの衝撃に何度も気絶したし、流れる血を見て気絶したし、さらにマーモンの幻術では見せられた内容よりもガンガンと頭を殴ってくるかのような気持ち悪さに耐えきれず嘔吐までする始末。だけどそこからちょっと変わったのはルッスーリアの実験だ。
 正直、あの人だけの実験であってほしかったというのが本音。なら自己申請しておけばよかったのかもしれないけど彼らがそんなことを信じてくれるとはとうてい思えず結局なすがままに受けて。蹴られた時は流石に身体が耐えきれず外へ吹っ飛ばされた訳だけど、それだって私は無傷でいられて自分で呆然としたぐらいだ。以来、彼らのどんな無茶振りでも若干対応できるようにはなっているので飛び降りろぐらいは別に今更動揺することはない。今日はちなみにこれで三回目だ。
 …変な感じ。化物と言われることに怯えていたはずなのに彼らは化物こそを歓迎する。私が私であってもいいのだと当然のように肯定する。

「お前何で戦えねーの」
「…そんな事言われても困るんだよねえ」
「今度肉体改造してもらう時はナイフ刺しても平気なように頼んどけよ。そうしたら王子がもっと遊んでやるって」
「誰に頼むの?」
「王子が知る訳ねーじゃん」

 身体もメンタルも彼らのおかげで随分鍛えられた気がするよホント。
 この会話に早くも飽きたのかついて来いよと前方を行くベルに急かされ私も立ち上がって走り出す。



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