13



[藤咲ゆうの体質について調べろ]

 スクアーロから幹部たちへそういった旨の命令が下されたのは彼女が未だ眠っている時であった。彼女・藤咲ゆう。XANXUSからの命令によりはるか遠い日本から連れてこられた女は談話室で集まった幹部たちの手前にスクアーロの手によって放り投げられた。ドスンと大きな音を立てて転がった藤咲は余程深い眠りについているのかこれしきのことで起きることはない。

「で、こいつは何者なわけ」
「あいつに聞け」
「へーボスが目を掛けたんだ」

 ベルの言葉にピクリと反応したのはレヴィだ。それもそうだろう、彼はXANXUSの全てを崇拝している。彼に命じられればどのようなことだって成功させてみせるだろうしやり遂げるための努力を怠らない。だからこそこの女のことは何も知らない状態であっても気に食わない存在になってしまったのだがXANXUSからの命令であれば従わなければならぬ。藤咲ゆうが何者たるかを問われているのであれば何らかの答えを返さねばならぬ。
 この時点で義務感に燃えているのはレヴィだけである。他は、と言えばルッスーリアに関しては彼女は趣味外の人間であるので別にどうでも良いといったところだろうしベルに関しては殺してはならない人間であると分かった以上あまり遊べるものではないだろうとさっさと興味が失せている様子。マーモンは相変わらずフードをかぶっていたせいでその表情を読み取ることができず。
 当然だ、とスクアーロは思った。元より自分達はヴァリアーだ。暗殺業を主にしている自分達が一般人を見る機会などそうあるまい。なのに命じられた内容と言えば藤咲ゆうの事を調べろというのである。ではどうやってXANXUSは遠く離れた地である日本に住まうこの女の存在を知ったのか。場所、時間、容貌。すべて知っていたというのか。…この辺りに関してはマーモンの関与があった可能性もあるのであまり触れずにはいるが、しかし、正直言ってスクアーロも他の幹部たちと同じ感想を抱いている。

「殺しちゃダメなんだろ?」
「ああ」
「え、じゃあダーツの的とか?」
「駄目だ」
「…こいつ実はすげー戦えるとか」
「見込めねえなあ」
「は? じゃあ王子一抜けた。めんどくせーしこんなのレヴィにやらせればよくね?」

 さっさと放り出したのは予想通りベルだ。人質にした人間ですら血まみれにする人間が1人の一般人を無傷で調べられるなどできるはずもないだろう。分かってはいたがこの幹部たちの協調性のなさにはスクアーロも溜息をつかずにはいられない。もっとも例外1名、レヴィだけは視線で彼女を射殺すつもりなのかと問いたくなるほど睨み続けていたのだが。

「こいつは役に立つんだと」
「戦えねーのに?」
「オレに言うんじゃねえ。全部ボスさんが言った話だ」

 珍獣を目の前にしているとこんな様子なのだろうか。最後まで誰かが挙手することもなく、全員が他人に押し付けようとする心意気が見て取れ、強引だが全員で戦闘でもして負けた奴にその大役―罰ゲームともいう―を任せようとまで決めていたのだが予想に反し彼女は早く起きた。
 ピクリ、震える瞼。バッと目を開いたかと思うと同時に周りを見るのではなく自分の胸元を抑え、何かを確認したかと思うと「良かった」と小さく呟く。スクアーロはそれら全ての動作を決して1つたりとも見逃さない。そもそも自分も不満だらけなのだ。何ひとつ情報を得ることもなかったがゆえにこの女がどういう人間で、どういう場面で役立つかを知らなかったのだ。否、もうこの時点であの不可思議な体質の一端を見てはいるもののそれ以上に何かできるとはやはり思えず、一般人であるという再確認をしたかったのかもしれない。

「……あれ、」

 ジッと視線に気づいたのはそれから数秒後。藤咲ゆうは自分達の姿を確実に視界に入れた。1人ずつ確認するかのように視線を横へ、上へ。あまり日焼けもしていないのであろう白い肌が少しずつ青ざめているようにも見えないでもなかったがこれはさっきのあの現象のせいではないというのは何となく分かる。状況判断が多少できる人間、なのかもしれない。ここで逃げ出そうとしたり騒いだりすれば容赦なく斬りつけてやろうかと思ったが藤咲はそうすることもなく。ただほんの僅か、乱れた髪を整えるかのように自分の後頭部へと手を遣り、それから困ったような表情を浮かべ「どうも、こんにちは」と挨拶したのであった。
 しししっと笑ったのはベルである。この状況本当に分かってんの? と言いたげであったが彼からは何も言いださない。混乱に陥り、わめくよりは幾分かマシかと思えたがこれはこれで面倒になりそうだ。
 
「お前、部屋はどこがいい」

 だからこそスクアーロはぞんざいに問うた。彼女は「え?」と言ったっきり本当に、心の底から理解できぬと言った表情で黙りこくってしまったのである。


「で、どうだった」
「つーかさ、先輩。せっかく先輩と一緒の部屋なったってのにマーモンに任せるのズルくね?」
「るせえ。オレはオレでやることがあんだ」
「あーあ、大人って汚ねーの」

 それから数日。半日ごとに藤咲ゆうを他の幹部へたらい回しし続けた結果、意外なことが明らかになる。

 ひとつ、女は打撲に関して異様なほど頑丈であること。
 ふたつ、女はその頑丈性を発揮する際、首に下げたリングに炎を使用すること。
 みっつ、女はそのリングに他者の炎を保存することができること。

 これだけでも途方もない事実だと言えよう。何が一般人か。何が普通の人間であったか。戦えない人間であるということは変わりないようだったがそれを差し置いても余りある異なる体質。

 ――面白え。
 ならば先日のXANXUSが行った例の件にも説明がつく。確かにあの女は、…藤咲ゆうは化け物である。XANXUSの炎を食べたという表現はあながち間違いではなかったのだ。ゴーラ・モスカによってリングに蓄えた炎を根こそぎ奪われかけた藤咲は死にかけ、そしてXANXUSの炎をリングに吸収させたことにより生き永らえた。自分達の体質ではとうてい考えられる話ではなかったがこればかりは信じるしかあるまい。
 レヴィの電撃は耐えきれることなくすぐに気絶した。
 ベルのナイフはすっぱりと腕を、足を斬り、血を流させた。後、すぐに気絶。
 マーモンの幻術にはすぐに幻覚汚染を起こし、嘔吐。後、若干のパニックを起こしたので気絶させ終了。
 ここまでなら本当に何も使えぬ人間で終えただろう。というより本来であればこの3人の実験だけで十分のはずだったのだ。ルッスーリアの物理攻撃など一般人が耐えきれるはずもない、というのが全員一致の見解であったからである。しかしこれでは1人、XANXUSの命に背いているということになる。そう進言したのが口煩いレヴィであり、だからこそルッスーリアも仕方なしと言ったところで実験を開始した、というのが事の発端になる。

「オレは現場を見てねえが、手加減はしてなかったんだろうな」
「王子も嘘かと思ったけどさー、アレはマジだったぜ」

 流石に殺してしまっては元も子もないということで最初は確かに手加減をしたそうである。が、しかしそこで事件は起こった。驚くべき事実が発覚したのである。

 藤咲は傷一つ負わなかったのだ。

 何度蹴っても殴っても藤咲ゆうの軽い身体は面白いように、まるでボールのように飛んだらしいのだが骨折していなかったどころか傷一つ負わなかったのだという。これには様子を見に来ていたベルも驚き、もしかして今なら頑丈になっているのではと再度ナイフを投げたのだがそれではやはり流血し。試しに蹴ってみたのだが、その後壁に激突し後頭部をしたたかぶつけていたというのに何のダメージを食らった様子もなく。ナイフによって負わせた血だけがその辺りをまき散らし、部屋の主であるルッスーリアが怒り追い出した というわけであった。

「藤咲は知ってたみたいだなー、自分の体質」
「なるほどなあ」

 驚くこともなかった、のだという。
 むしろやはりそうかと納得した様子も見え、結局そこからマーモンに連れていかれ、現在藤咲はマーモンの部屋にいる。どうやらあのアルコバレーノは藤咲に何かを見出したようであったがそれが何であるかは自分達に言わないだろう。何を考えているのかさっぱり分からない。

「で、まだ続けるわけ?」
「…いや、もうこれでいいだろう。十分だ」
「じゃー後は王子が遊んでいい?」
「壊すなよ」
「ししっ了解」

 どうやらベルはベルでアレを玩具認定したようであった。どこを気に入ったのかスクアーロにはさっぱり分からなかったが誰か1人でもアレを面倒見る人間が居ればこちらとしても気を遣わなくてすむので大歓迎だ。それがまさかベルになるとは思ってもいなかった、というのが本音なのだが。
 スクアーロの了承を得た後、ベルは入ってきた時と同様身軽に部屋を出ていく。パタリと閉まった扉を確認し、スクアーロはマーモンがさきほど寄こしてきた最後の情報とにらみ合い、ハアと溜息をつく。頭が痛い案件である。今はこのようなモノに手こずっている暇などないと言うのに。だがしかし、彼が必要だと判断するのであれば放置しておくわけにもいかず。

「オレたちはとんだ爆弾を懐に入れちまったんじゃねえか?」

 その疑問に誰も答えることはなく。何度見ても変わらぬ文字の羅列にスクアーロはガシガシと頭をかくのであった。

 『よっつ、女は属性を有していない。』 

 『いつつ、女の現在の属性は――』



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