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「部屋、ですか」
「そうだあ」

 訳の分からないことになってしまったぞ。どうか誰も読心術を使えませんようにと願いつつ私はただ目の前にいる暗殺集団を前に冷や汗を流す。

 スクアーロに日本から連れ去られた後、気が付けば知らない部屋に転がされていた。やけにだだっ広く、端っこには酒瓶の乗ったカウンターがあったりダーツの的があったり。中心にはソファもあったけれどそこに私が眠らされていたというわけではなくただ床。冷たい冷たい床の上で転がされていたというわけだ。私の身を拘束しているものは何もなく、このままダッシュすれば若干走られるだろうけど相手はあのヴァリアー、一秒で捕まえられることなんて分かってはいるものでどうしようもなく起き上がりズキズキと痛む頭を押さえながらこれからどうなるんだろうと不安になる。

 でも、私は生きている。

 死んだかと思っていた。殺されたかと思っていた。なのに生きている。まさかゴーラ・モスカの内側に入るなんて経験をすることになるとは思ってもいなかったし、XANXUSに話しかけられる可能性なんてもっと有り得ないと思っていた。
 もうあんな体験はしたくない。
 炎が他者によって強引に抜き取られる感覚、身体から魂が抜けるような感覚、身体はそこにあるのに中身が強引に上へと引っ張られる感覚。以前元の世界に戻ってしまった時に感じたのと似たあのゾクリとした感覚は何とも不快だ。その気持ち悪さからスクアーロやXANXUSにも臆せず話すことができたけど同じ状況でまた話すことが出来たとなれば今度は私は怯えてしまうことだろう。何たってこっちは一般人、あっちは暗殺者だ。ギロリと睨めつけられただけで震え上がってしまう。

「う゛お゛ぉい! 聞いてんのかあ藤咲!」
「え? ごめんもう一回」
「しししっ、こいつ大物じゃね?」

 …まあその人物が二人そろったらの話だ。何の話も聞いていなかった。というか私って一体これからどうなるんだろうという不安が未だ拭えず、身体が動かない代わりに頭がフル稼働。正直さっきまでの会話も私には聞き取れず、ああきっとイタリア語で喋っているんだろうなあとぼうっとしながら見ていたし突然会話を日本語で振られても困る。こういう所はこっちの世界にやってきた特典として聞き取らせてくれればいいのにと思った辺りちょっとは落ち着いていられているんだろうけれど。

 油断しちゃだめだ。ここからは自分の生命がどうなるかは私の立ち回りが大事になってくる。
 だって私はただの並盛に住む人間ってだけで、このメンバーに知り合いは誰ひとりとしていない。藤咲ゆうとして、と言うならさらに有り得ないし恭弥以外の登場人物とはほとんど喋ったことすらないのだ。そんな中でこのヴァリアーに連れて来られた意味とは。最初は前回の骸の件と同様先読みだとか何だとか言われるのかと思いきやそういった様子でもないし、何なら私が問われたのはモスカに入るべきなのは私か九代目かということ。

 ――私は迷うことなく、当然のように九代目を選んだ。

 薄情? ううん、そうじゃない。私は私で、選ぶべき道がある。間違えてはならない道がある。もしもそこで私が死なないことを過信して九代目と立ち位置を変えたとすればストーリー自体が変わる可能性すらある。だから九代目を選んだ。結果、――この部屋にはいないけどゴーラ・モスカは既に彼が入っていることだろう。
 どうやら私はすぐに殺されるつもりはないらしい。そう悟ったのは幹部が集まったこの部屋に連れてこられていたからだ。邪魔だったら私が眠っている間に殺していただろう。良心があったとしてもそう簡単に日本へ戻してもらえるとはあまり思えていなかったし、まあきっとそうだろうなって。のんびりと構えられているのは最悪、危険を感じながらドアを握れば”でざいなーずるーむ”が出てくれやしないかなという僅かな希望があるからだ。デメリットは大きいけれど今の状況よりは遥かに良い。

 ゴホンとスクアーロは咳払いをひとつ。談話室を見回すとドアは一箇所、そしてソファに座るベルフェゴールとマーモン、腕組みして立っているレヴィ・ア・タン、ソファの背もたれに少し腰をかけてこっちを見るルッスーリア、それからスクアーロ。錚々たるメンバーの戦闘力は計り知れない。立っている人たちの背丈は非常に高く、座っている私が首を痛めてしまいそうだ。しかしどうしてこのメンバーの前に私が座ることになってしまったのか、それだけは説明してもらわないと理解ができない。理解が、追いつかない。

「てめえが寝る場所だ」
「…というか私としては帰してもらえると嬉しいんだけど」
「そうはいかねえ。ボス命令だ」

 つまり私のことは保留ということなのかな。生命どころか、処分までも。その言葉を信じていいのかは分からなかったけど私を敢えて騙したところでメリットも何も感じられないし素直に受け止めておいた方が良さそうだ。
 だけど分からないことがある。”どうして、私なのか”だ。どうやって私の存在を、所在を知られてしまったかだ。聞いたところで教えてはくれなさそうだし自分で言ってて悲しくなるけど私にそんな価値はない。ヴァリアーが必要そうな情報を確かに有しているかもしれないけどそれだけだ。…今は、何も言わないでおいた方がよさそう。余計なことを言って事態をややこしくするのもよろしくはない。

「あのう、私どこでも寝れるけど」
「見りゃわかる。オレ達もお前の面倒は見たかねえが全員が拒否してんだ。分かれ」
「分かれって」
「お前が誰の部屋行くか決めていいっつってんの。物分りわりーね」

 うん、年下だけどこの小馬鹿にされている感じ、確かにベルフェゴール。金髪にティアラを乗せた、前髪で目の見えない少年・ベルだ。ツナ達よりは年上には見えるけれどヴァリアーの大人組に混ざったらやっぱり十代の子って感じがするかも。
 よくよく考えなくてもそういえば私、この人達が大好きだったんだなと思うと不思議と小馬鹿にされようが邪険にされようが苛立たしさを覚えることもない。有名人が喋ってる、なんてそんな雰囲気に近くてむしろもっと話してほしいような気すらする。だけど早く選ばないと今度こそ殺されてしまうかもしれないという懸念も浮かび、慌てて考えた振りをしながら周りの人たちを観察した。

 何だか分からないけど私が部屋を選んでいいらしい。というかスクアーロが言った通り誰も私の面倒なんて見たくないのだろう。どちらにせよ誰かに監視されるとなれば一番いいのはルッスーリアなのかもしれない。どんな時でも明るいようなイメージがあったから。だけど却下したのは彼…彼女の趣味を思い出してしまったからだ。口頭でしか聞いたことはなかったけど此処は間違いなくヴァリアーの屋敷内。ならルッスーリアの部屋に連れて行ってもらったとなればその趣味で集めたコレクションとご対面する可能性もある。そう考えるとホラーが苦手な私にとってはごめんなさい案件である。同様にベルもああ見えてナイフをすぐに投げつけてくるイメージが強すぎる。殴る蹴るなんかの打撃にはめっぽう強い私だけど斬られる系には弱いのは分かっていたので自分の生命が惜しければ却下。レヴィに関してはXANXUSが既に関与しているので怖くて却下。今も目で殺されるんじゃないかって思えるぐらい睨まれているし。
 却下、却下、却下。そうやって消去法で消していけば残ったのはただ一人。目があうと露骨に嫌そうな顔をしたけどそもそも最初にこの人を選ぶべきだったんだと私は逆にしたり顔。

「じゃあ、あなたが良い」
「あら良かったじゃない」

 指を差すでもなく、名前を言うでもなく。ただ見上げて答えたらルッスーリアが嬉しそうにホホホと笑った。彼女が一番友好的に感じていたけどやっぱり部外者の面倒なんて見たくはないよね。特に今は、ナイーブな時期だし。
 はたして、私が選んだ人物は頬をヒクリと引きつらせた。
 その鋭い視線はどういう事なのか分かっているんだろうなと言いたげで、「撤回しろ」と低く唸っただけだ。だからこそ私はこの回答こそが正解なんだと自信を持つ。私が選んだことでこの人は抗えない。何故ならこの人の上がそう命じたからだ。相変わらず怖い表情で見下ろす彼に私は変わらず、無理やり笑顔を作ってお願いをする。

「嫌です。スクアーロさん、宜しくおねがいします」

 しししっと、ベルの笑った声が談話室に響く。



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