07



 見送る側は、待つ側はいつだって何も説明されずにいる。
 このリボーンの話であれば京子ちゃんや未だ会話をしたこともないハルちゃん辺りがそれに該当し、彼女たちは何も知らされないままこのリング戦を終える。未来編は少し説明するという描写があったんだっけ。だけど彼女たちがマフィアだとかそういう話を理解していたかと言われればその辺は私の記憶が定かではない。
 その点、誰よりも知っている私は何と便利なことか。今となっては漫画が手元にもなく記憶もあやふやになりつつあるけどS・スクアーロが渡日してからは完全にヴァリアー編。前回のようにいつの間にか日常編へ、黒曜編へと入っていたあの時より豪快だったし分かりやすかったかな。

 つまり、だ。

 黒曜編の時はそもそも始まりがM・Mとの生活、柿本と城島による拉致で黒曜センターへと行ってしまったんだけど今回意識さえすれば私は何も関わらずにいられる。それこそ家に引きこもっていれば問題ないような気がするんだよね。まあ唯一難点と言えばリング戦の舞台である学校が目の前にあるぐらいで。だから気は楽だったというか、完全に緩んでいたんだと思う。

「じゃあ行ってくるよ」
「うん、ディーノさんに宜しくね」
「…」

 本来であれば恭弥は本日に至るまで何も知らないはずだった。漫画であればどうだったんだろうな。リングを私が渡すことになるなんて思わなかったし、何も知らないまま応接室にいた恭弥とディーノさんが邂逅。その筈だったんだけど。…まあこの辺りもきっと恭弥は誰かに話すこともないだろう。
 というか今極めて自然にネタバレしてしまったような気がするけど大丈夫だろうか。若干不機嫌になったような気もしないでもないけど私の気のせいであってほしい。切実に。

「ゆう」
「ん?…わっ、」

 リングを持ったことを確認している最中、ぐっと引かれる腕。
 突然のことにぐらりと傾げた体はそのまま恭弥の方へと寄りかかり、かと思えば額に柔らかな感覚。あっと思った時には既に身体は離れ、頭をわしわしと撫でられる。また気軽におでことは言えキスされてしまった。あまりの流れ作業に抵抗も出来ることもなく、私が出来たことといえば髪の毛綺麗にしたのに台無しじゃないかと文句を言ったぐらいで、軽く睨むと鼻で笑われる。…どうでもいいけど最近の恭弥は私のことを子供が何かと勘違いしているんじゃないかと思ってしまうよホント。
 ちらりと視線を落とすと胸元のリングはやっぱり藤色が輝きを増している。自分で炎を作り出せない私は他人による供給によって炎を得ることができて、それを糧に生きることができる。恐らくこのリングから炎が尽きた時が私の死。…だけど恭弥にはこの件、まだ話せてないんだけどね。炎の件が彼にきちんとした形で理解できるようになった暁には伝えようと思っているのだけど今はその時じゃない。それこそ完全にネタバレ。彼に関してなら原作がどうのこうのと左右されるまでもない情報だとは思うけど一応念のためだ。骸にはとっとと喋って供給してもらえと言われていたけど相変わらずこっちのリングも変わりなく輝いているししばらく会えなかったとしても問題はないのだろう。

「じゃあね」
「気をつけて」

 今日は早めに登校するようだったので私も珍しく部屋から出てアパートの入り口まで見送った。私が見送ること自体が珍しかったのか一緒に玄関を出た時は恭弥も驚いたようだったけど咎められることもない。それにこんな早朝だ、誰も見られる心配もなく恭弥と横並びで歩くのも久しぶりな気がして私もちょっと気分が上がる。学生姿である押切ゆうの時だって別に一緒に歩いた試しはほとんどないんだけどね。周りを気にしていると恭弥が不機嫌になるのはわかっているので何も考えずにいたけれど。
 行ってらっしゃいと再度声をかけ恭弥の姿が見えなくなった後、ようやくそこで一息つく。これでとりあえず私が出来ることはやった。あとはただリング戦が始まるだけ。平穏だった並盛は少しずつ非日常に飲まれていくことだろう。
 何も恭弥だけが特別というわけじゃない。皆今日から修行が始まるだろうし、ならば今日からは彼らともしかすると会うかもしれないなんてあまり気にせずに歩けるようになるんだろうけどもしも万が一を考えるとそれをする訳にはいかないんだなあ。

「…帰りますか」

 他の生徒たちと会う前に家へ帰ろうと振り向いたそのときだった。
 突然風が一層強く吹き思わず目を瞑る。そして目を開いた時にはさっきまで無人だったはずの通学路に一人の男が立ち尽くしていることに気付き、瞠目した。

 ――…何で。

 目を見開き、その人物をまじまじと見る。並盛中学の学生ではなかった。並盛中学の教師でも風紀委員でも、また散歩している近所の人ではなかった。明らかに異端、明らかに異色。平和な並盛には決して馴染むことのできない全身黒ずくめの男。背は私よりもずいぶんと高く、細身。風になびいたその銀糸は誰もが羨むほどサラサラで縺れることはない。そして彼の左手についているものは朝の陽の光に反射しギラリと輝きを放つ。

 私はその男を知っていた。
 私はその男を識っていた。

 声を出すこともなく後ずさり、彼に背中を向けることもなく恭弥が消えていった方へ、門の方へと一歩進む。気のせいだ。見間違えだ。そうじゃなかったらたまたま通りかかったんだ。私なんか共通点はない。たまたま並盛の様子を見に? そんなバカな、『彼』は今頃イタリアにいるはずなのだ。贋物のリングを持ち帰り、あるべき人物に渡すために。…なのに、どうして。
 少し離れた場所から見ればただただ黒いだけの衣服を私は知っていた。この世界に来たときに喪失したものだからだ。作り終えたものの何処かへと消えてしまった私の隊服とまったく同じもの、だけど彼が身につけているのは私のようなコスプレ用ではなく紛れもなく仕事用のもの。そうだ、それは仕事用。…ヴァリアーの隊服、で。

「…この国じゃ、かくれんぼって遊びがあるらしいな」

 何度その声をテレビで聞いてきたことか。何度その姿を目にしてきたことか。昨日の並盛商店街で聞いたものとは違い静かなものだったけどそれが逆に恐ろしい。
 私はこの世界で知り合いはほとんどいない。この藤咲ゆうという姿であれば本当に恭弥か、もしくは少し話しただけの隼人ぐらいしか喋ったことはない。見知らぬ人間とあまり話すべからず。小さな頃からずっと親によって聞かされていた言葉は、この世界においては真逆を指していることを私は知っていた。
 この世界で私が知らない人間ならばそれは漫画における主要キャラクターではない。だから少しは原作だ何だのと考えこまなくていい。その逆と言うならばつまり、

「…ええ、と」

 知っている人間は、――何ならこの男は危険だと、自分の身が危ないと告げている。私はツナのような超直感なんて持っていないけどそれぐらいはわかる。目の前にいるのはS・スクアーロ。間違いなくヴァリアー編で昨日並盛にやってきた人間である。間違いなく、…私なんかと話すことなんて絶対にありえない人間なのに。
 ぞわぞわとした感覚は、もしかすると殺気というものだったのかもしれない。かけられた言葉の意味を理解することもなく私はとうとう耐え切れなくなって恭弥の元へ向かおうと彼に背中を向けてしまった。逃げることだけを考えてしまった。
 せめてあと数メートル、こんなところじゃなく学校の門の中に入ることができればもしかしたら何かが変わったのかもしれない。もしくは声を大きく上げ、家へと向かえば何かが変わったのかもしれない。だけど所詮私は一般人、対する彼は暗殺者なのである。

「見つけたぜえ、藤咲ゆう」

 耳元で声がきこえたかと思うと次の瞬間世界が大きく揺れる。
 急に重くなっていく体、遠のく意識、…地面が近付いてきたなと思ったその時には視界は真っ黒になっていた。



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