夜を越える
「中1ん時に父親が死んでさ、母親そっから頭おかしくなっちゃったんだよね。それ以来、たまにしか帰ってなくてさ。まぁ普通に生きてんだよ、平気なんだけど……俺のこと、貴方って呼ぶんだよね。ヤバイでしょ」
酒を飲みながら、都がぽつぽつ話した。
「実の母親にだよ?ちゅーとかされそうになるし、夜這いされたこともあんの。さすがにヤバイし拒否るじゃん?そしたら母親、自殺未遂しちゃってさぁ。何となく帰れなくなっちった」
都が泣きそうに笑うのは見ていらんなくて、俺もまたぐいっと缶ビールを飲み込む。全然、そんなのは聞いたこともなかった。帰れねぇから、女の家泊まり歩いてその日暮らしをしていた訳だ。
だから、夏休みを嫌ってた訳か。
「……此処にいりゃいいだろ」
「そういう訳にはいかないでしょ、まぁ何とかするよ。今日はごめん、ありがとね」
泣きたくなるくらいに、都は誰にも本音を見せやしない。それは別に多分、俺を信頼してないとか迷惑が掛かるとかそういうんでもない。
もう、癖になってんだろう。
「あ、いいよ俺ソファで」
「いいからベッド使え」
「凌ちんって、意外と優しいよネ…」
都が俺のベッドに入って、何やらすんすん枕の匂いを嗅いで思わずべしっと都の頭を殴った。
「やめろよお前腹立つな」
「凌ちんの匂いに包まれて今日は寝るよ、おやすみ」
「おうさっさと寝ろ」
深夜になると、都は魘されてた。
ソファに横たえたまんまでその苦しそうな声に、思わず身体を起こしてタバコに火を点ける。寝室に入って眺めてみると、不意に都が目を覚まして身体を起こした。
「……ビックリした、凌ちん…何してんの」
俺を見やった都の目から、ぽろぽろ涙が落ちていて思わず目を背ける。
「………ビックリした」
「悪い、スゲー魘されてたからよ」
「あー…ごめん。何か夢見ちゃった」
何の夢かは、聞かなかった。
多分、聞いたって何の腹の足しにもならねぇもんだろう。それは夜を濁すに足る、酷いもんなんだろう。 そういう夜を一つ一つ乗り越えて、やっと生き延びる。
でもそんなのは
一人じゃどうにも、しんどいだろう。
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