小説3 | ナノ


  04、お巡りさんこいつです


この現代で、まさか人身売買の現場に出くわすとは。

というか、自分が売られそうになるなんて、思いもしなかった。

そもそもこれは現実だろうか。

それとも夢だろうか。

現実だと仮定した場合、考えられる可能性といえば、

@ドッキリ企画

Aどこでもドアが存在する

Bいつの間にか瞬間移動を習得していた

くらいしか思いつかない。

一番現実的なのは@だけど、それもさっきの砂浜の一件を考えると、恐らく違うだろう。

何かを隠せるような障害物はなかったし、蜃気楼以外に人はいなかった。

あれを人にカウントするのもどうかと思うけど。

残るAとBはどちらも非現実的なものだから、除外してもいいと思うんだけど・・・さっき放り投げられた時に痛かったし、砂浜で感じた頭痛は頭が割れるかと思うほどだった。

痛覚は機能しているみたいだから、夢だと断言することもできない。

そして結局振り出しに戻る。

とにかく、怪我をしたら痛いんだから、できるだけ怪我はしない方向で。

どうしてこんなことになっているのかも、きっとそのうちわかるはず。

目が覚めた時に側にいたあの子なら、何か知っているかもしれないし、夢ならそのうち覚めるだろう。

現実なら、まあ、交番に駆け込めばなんとかなるさ。

まず、この状況を打破できれば、だけど。

悩んでいって始まらない。

先の心配よりも、まずは目先の悪党退治、だ!

景気づけに一発やったれと、アフロの胸ぐらを掴み返して、頭突きを食らわせてやった。

まさか抵抗されるとは思っていなかったのか、アフロの手が緩んだ。

その隙を突いて、股間にケリを一発入れて拘束から逃れる。

この一連の流れは、渋谷ママ直伝の痴漢撃退方である。

ちなみに、あと3行程あるが、今回は省略。

「ちょっと、人身売買は法律で禁止されてますよ、オジサン。それ以前に、人道的にどうかと思いますけど。おまわりさーん!ここに人攫いがいますよー!逮捕してくださむぐっ」

背後に立っているネズミ男の存在をすっかり忘れていた。

後ろから布を噛まされ、そのまま頭の後ろできつく縛られた。

口の中に苦い味が広がる。

ちょっとその布どっから出したの、と聞く暇はなかった。

これはもしかして、猿ぐつわというやつだろうか。

またしても初めての体験に呆気に取られている内に、気が付けば両手も背後で拘束されてしまっていた。

解こうとして力を込めてみるが、手錠のようなものは固くてびくともしない。

手首が擦れて痛くなってきた。

漸く立ち直ったらしいアフロが、汚い言葉を吐いて私の頭を殴ってきた。

「―っ!!」

両手を縛られていたので、受け身も取れずに無様に地面に転がった。

目の中で真っ白い星が散る。

「兄貴、商品に乱暴しちゃあ・・・」

「うるせぇっ!!お前はさっさと船の準備をしてこい!!」

ネズミ男が小走りで外に出て行ったあと、アフロは戸口に寄りかかって煙草を吸い始めた。

視線は私からはずさないままで、煙で器用に輪っかを作っている。

煙が変なところに入ってむせればいいいのに。

本日二度目の頭痛に力なく横たわっていると、一匹の牛と目があった。

あの、干し草の山のすぐ隣にいる牛だ。

ペリドットの瞳は、不思議な輝きを放っている。

口元についている干し草が、牛のひと舐めで綺麗に口の中へ消えていった。

モンシロチョウが風に乗って、ふわふわと牛の上を通り過ぎて行く。

今の自分の状況を考えると、あそこだけ異空間のようにのどかだ。

ドナドナされるのは、牛じゃなくて私なんだ・・・仔牛と一緒の車に乗せられて連れて行かれるところを想像してしまった。

あ、そう言えば、子どもは大丈夫かな。

ショックで子どものことが頭からトんでいた。

こいつらの意識が私に向いているうちは、子どもの安全は確保されていると思って大丈夫・・・なはずだ、多分。

それなら、一旦この小屋から連れ出された上で、なんとか自力で脱出する?

いやいやいや、一介の女子高生にはちょっとハードルが高すぎる。

もっと現実的な手段を考えないと。

一服し終えたアフロが、煙草を足で踏み消しながら声をかけてきた。

「おい、魔族の嬢ちゃん。どうだい法石でできた手錠は。最近憲兵からくすねたんだ。よく効くだろう?」

招き猫のようなにやけた目元で、こちらに歩いてくる。

来ないでくださいタバコ臭いです。

マゾクってよくわからないんだけど、海賊とか山賊とかそういう?

厩舎で怪しい動きをしていたから泥棒と勘違いしているのかな。

というか、宝石でできた手錠って、最近はそんなもので逮捕してるの?

税金の無駄遣い、反対!

しかもくすねたって泥棒じゃないですか。

効いたよ、おっさんの痛い自慢話。

思春期の敏感な心に「犯罪はいけません」ということをしっかりと刻み込んでくれたよ。

ありがとう、アフロ。だから顔が近いってば。

頭突きを食らわそうとしたが、ひょいっとよけられてしまった。

「二度も同じ手は食わねぇぜ」

「んむー!!」

「大人しくしとくんだな。怪我したくなかったらよ。それにしても嬢ちゃん、貧相な胸だな」

ボタンがなくなったせいではだけてしまっている制服の胸元を見ながら、アフロが呟いた。

貧乳で悪かったな。

アフロを全部毟って、アイデンティティーをなくしてやろうか。

悔しくて瀕死の魚のように飛び跳ねていると、扉に何か硬いものがぶつかる音がした。

「なんだ?もう帰ってきたのか?」

随分早かったなと口の中で呟いて、アフロが扉に向かって歩いて行く。

なんとか起き上がろうともがいていると、視界の端、牛の背後で、何かが動いたのが見えた。

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