小説3 | ナノ


  05、未確認飛行物体アフロ


頭を拳ひとつ分浮かせて、「今、なんかいた?」と問いかけるように牛に目をやると、牛は優しい光を宿した目で私を見た。

暴れるのを止めてじっと目を凝らしていると、牛の影からひょっこりとオレンジ色の塊が覗いた。

驚いて声を上げそうになったが、子どもはそれを首を振って制すると「う・ご・く・な」と口の動きだけで伝えてきた。

大人しく、地面から浮かせていた頭を、そっと下ろした。

じゃりっと耳元で土の擦れする音がした。

子どもは緊張した面持ちで頷くと、再び姿を消した。

一体何をするつもりなんだろう、今出てきたら危ないのに。

捕まってしまったらどうするの。

それだけは阻止しないといけないのに。

頭ではそう思うのに、一滴の水を垂らした水面のように、心には嬉しさが広がっていく。

もしかして、加勢に来てくれたんだろうか。

それなら泣くほど嬉しいんだけど、この状況だし、もし君になにかあっても、助けてあげることができない。

ごろっと転がって体を反対に向けると、ちょうどアフロが外を確認し終えて、扉を閉めたところだった。

結局誰もいなかったらしく、首を傾げている。

このままこっちに戻ってきたら、見つかってしまうかも。

こうなったらイチかバチか、『あ、あそこにUFOが!』作戦で行こう。

アホなら通じるかもしれない。

ちなみに有利は8割方引っかかる。

「んんーーー!んぐっ!!」

猿ぐつわ越しに喉を震わせて大声を出すと、男が嫌そうな顔をしてこちらを振り返った。

「なんだよ。うるせぇな。便所か?」

まったくもってデリカシーの欠片もない男である。

しかし、ここでげんなりしている場合ではない。

あの子が無事に家へ帰るためにも、ここは踏ん張らないと。

例え男が思わず叩きたくなるようなセリフを吐いても、怒って台無しにするわけにはいかないのだ。

ヒクヒクと引きつる頬を宥めて、目でアフロと外を交互に見て、外に何かあるというメッセージを送ること数回。

男はしばらく?マークを頭に浮かべていたが、漸く意味に気がついたらしく、のっそりと扉に目を向けた。

「ふぐっ」

「あ?河豚がどうしたって?」

「ふぐはにゃいあ!」

河豚じゃないわ!と突っ込みを入れるが、猿ぐつわに阻まれてよくわからない叫びに変わってしまった。

こんなところに河豚がいてたまるか。

ごろんごろんと地面を左右に転がって訴える作戦に切り替えた辺りで、ついに男が折れた。

「あー、めんどくせぇな。ちょっとだけだぞ」

痺れを切らしたらしいアフロが、やっと猿ぐつわを外してくれた。

乱暴にむしり取られたせいで、髪の毛が何本か引っこ抜けた気がする。

人が動けないからって好き勝手して、このアフロマンが!!

お前のアフロも引っこ抜いてやろうか!!

・・・よし、一旦落ち着こう。

今はそんな些細なことに気を取られている場合じゃなかった。

「さっき、外にUFOが!未確認飛行物体が!」

「ああ?ゆーふぉー?」

微妙に発音がおかしい。

この人はUFOを知らないのだろうか、いや、まさかそんな。

「ゆーふぉーってのはなんだ?麺類か?」

確かにそんな名前の焼きそばもありましたけども。

アフロは、どうやら本当にUFOのことを知らないらしい。

「時折人を誘拐して改造したり、田んぼにミステリーサークルを作ったりする不思議なものたちのことです」

「なんだぁそりゃあ。人を攫っていくのか?恐ろしい生き物だな」

現在進行形で人攫い中のあなたには言われたくないと思うよ、UFOも。

アフロがちらっと扉を振り返った。

騙されかけている。

意外とピュアな心の持ち主なのかもしれない。

「この変ではUFOって少ないんですね。私の地元じゃあ、それはもう酷い被害を被っていて、年間100人くらい連れ去られているんですよ。最近やっと国が動き始めて、UFO捕獲作戦を始めたんですけど、全然捕まえられなくって・・・」

咄嗟に頭にうかんだ、最近見た特番「怪奇!UFOに襲われる村!」のあらすじを語っていると、アフロの顔がみるみる内に引きつっていった。

「あれ?どうかしたんですか?」

ダメ押しのように、扉にゴツっとなにか硬いものが当たった音がして、男の肩が跳ねた。

「ちょ、ちょっと確認してくるから、そこを動くんじゃねぇぞ!」

そいうって、男は若干及び腰でそろそろと扉の方に歩いて行く。

男が完全に背を向けたのを確認してから、そっと首を回して背後を振り返ると、ちょうど牛の部屋の前方にある仕切りが、子どもの手によって外されたところだった。

子どもの小さな手が、牛の腹を遠慮なくぱちんと叩いた。

それを合図に、牛は猛然と戸口に向かって行く。

つまり、私と、アフロのいる方へ向かって来ている。

「ぎゃあああああ」

「おい、ゆーふぉーなんてどこにも・・・ってうおおおおお」

突然の出来事に、枝のように硬直している私の上を、牛は軽やかなステップで飛び越えると、これまた驚いて固まっている男に見事なタックルをお見舞いした。

アフロが宙を舞い、小屋の中から姿を消した。

子どもの行動力と、牛の攻撃力に、本日何度目かわからないが、とにかく呆然としてしまった。

今日は驚かされてばかりだ。

腹筋を使って上体だけ起こして、開け放たれた扉ごしに消えていった男と牛の行方を目で探すが、ここからはもう見えなかった。

今は青い空の下を行き交う人々が見える。

畑も遠くにちらほらと。

噴水らしきものも見えた。

ここって、一体どこなんだろう。

思案しながらぼんやりと眺めていると、後ろから小さな足音と、子ども特有の高い声が耳に飛び込んできた。

「なに呆けてんだ!逃げるぞ!」

私が振り向くよりも早く、温かくて柔らかい手がわたしのそれを強引に引っ張った。

気が付くと目の前には、光を浴びてキラキラと輝くキューティクルの輪を頭に載せた、オレンジ色の髪の天使が立っていた。

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