小説3 | ナノ


  03、不愉快ナイトキャップ


大砲でも撃ったような盛大な音を立てて、扉が開け放たれた。

驚いて思わず牛のお尻に熱烈なキスを送ってしまい、また尻尾で頬を叩かれる羽目になった。

そろそろと牛の影から顔だけ出して様子を覗うと、二人の男が足音も荒く小屋に入って来るのが見えた。

これは、ヤバイやつかもしれない。

片方はアフロ、片方はネズミみたいな顔の男だ。

なんというか、明らかにカタギでない雰囲気を醸し出している。

腰には剣のようなものを差しているが、あれは銃刀法違反には引っかからないんですか、おまわりさん。

こういう時って、どうすればいいんだろう。

学校で「悪いやつらに追いかけられている子どもを救うにはどうすべきか」講座とか開設してくれないだろうか。

喜んで申し込みに行くのに。

撃退できそうな道具もない非力な女子高生では、やはり何もできないのだろうか。

今の私が持っているものといえば、そこに転がっている学生鞄くらいのものだ。

あ、待てよ。鞄の中って何が入っていたっけ。

急いで鞄を手繰り寄せて、中身を引っ掻き回した。

あれでもない、これでもないと選別すること5秒。

これならいけるかもしれないと取り出したのは、ナイトキャップだった。

牛の背後で高々とナイトキャップを掲げ、心の中で某青狸風に商品名を叫んだ。

(な〜い〜と〜きゃ〜っぷ〜!)

顔バレしないということはすなわち、後に因縁をつけられる率をぐっと低めることができるということだ。

まあ本当のところ、嘘をつくときに目が泳ぐから目隠しに被っておくと安全かなっていう程度のものです。はい。

そうこうしている内に、男たちは小屋の中を引っくり返し始めていた。

段々と足音が近づいてくる。

気分はホラー映画だ。

「おい、いたか?」

「いえ、こっちにはいねぇみたいです」

なんていう会話が聞こえてくる。

狭い小屋だから、きっとすぐここも調べられるだろう。

正直めっちゃこわい。

干し草の山をちらっと振り返ってみたが、子どもはうまく隠れているようだった。

ほっと溜息がでる。もう少しそのままで我慢していてね。

「おい」

「ヒャイッ」

安心した時が一番危ないって、最近見た心霊番組で学習したばかりなのに。

子どもに気を取られていて、近づいてきていた男に気がつかなかった。

咄嗟にナイトキャップを限界まで引き下ろして、油を差していない機械みたいにぎこちない動きで振り返った。

ネズミ顔の男が、訝しげな顔でこちらを睨みつけていた。

「お前、ここの厩舎番か?ここに子どもが来なかったか?5歳くらいのガキだ」

よーく知っていますとも、とは口が裂けても言えない。よし、まずはシラを切る作戦で行こう。

「ゾンジアゲマセン」

「兄貴―!こいつ何か知っているようでさぁ!」

「よーし、連れてこい!」

3秒と持たなかった。

「わたしは通りすがりの牛好きです!子どもになんて興味ありません!本当にケモナーなんです!信じて!」

牛にしがみつこうとする私を、ネズミ男は乱暴に引っペがしてアフロの前に放り投げた。

「いっ・・・初対面でいきなり放り投げる普通!?」

手足は擦り傷だらけ、制服は砂まみれだ。

手足から鈍い痛みが全身に広がっていく。

そいうえば、今日はよく砂まみれになる日だな、とどこか他人事のように思った。

「あ?お前女か?」

アフロが舐め回すような視線を送ってきた。

投げ出された足から、体から、今はナイトキャップで半分隠れた顔まで、不躾な視線を向けられる。

腕に鳥肌が立った。

なんて不愉快なんだろう。

睨み返すと、アフロが、にやっと気味の悪い笑顔を浮かべた。

翁のお面とおかめのお面を足して割ったような不気味な笑みだ。

夢に出そう。

「おい、帽子を取れ」

「嫌です。私、頭がメドゥーサさなんで、見たら石になるよ?」

私のナイトキャップのポンポンを掴んでいたネズミが、斬新なボケで返してきた。

「面倒さ?」

「違う!メドゥーサ!」

「目処、さ?」

「惜しい!イイ線まできた!」

「遊んどる場合か!早く帽子を取れって言ってんだろ!」

「へい!」

ネズミは、ポンポンを掴んだまま、容赦のない力でぐいぐい引っ張ってきた。

「いたたたた!髪が!帽子どころか髪の毛ごといっちゃうから!」

負けじとキャップを引っ張り返すが、それも数秒のことだった。

スポンっと音を立てて引き抜かれたナイトキャップから、あご下の長さの、鳥の巣ヘアーが現れた。

通常時でもぴょんぴょん跳ねる癖っ毛ではあるが、これは些か爆発しすぎである。

それを見た親玉アフロが、鼻息も荒く掴みかかってきた。

制服の胸元を掴んで引っ張り上げられたせいで、ボタンが何個か飛んでいった。

足は完全に宙ぶらりんである。

これは夢だと自分に言い聞かせないと、流石に涙が出そうな状況だ。

そこに止めを刺すように、アフロンが有り得ない一言を放った。

「こいつはたまげた。双黒の娘か!これは高く売れるぞ!」

売る?誰を?ソウコクの娘を?それって私のこと?

親玉アフロの異様にギラギラした目に映った自分の顔は、思わず笑ってしまうくらいに呆けていた。

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