小説3 | ナノ


  02、桜の季節にかくれんぼ


眉間にシワを寄せてこちらを覗き込む子どもの目は、吸い込まれるような深い深い青色だった。

その目を見ている内に、頭痛が徐々に収まっていった。

「あれ・・・?」

恐る恐る耳から手を離した。

なんだったんだろう、今の。

さっきまでの頭痛が嘘のように、視界はクリア。

思考回路もクリアだ。

「どうした?」

橙色の髪の子どもは、相変わらず眉間にシワを寄せて、気遣わしそうな顔で私の額に手を置いてくれている。

この子、よく見るとすごくかわいい。

癖っ毛らしく、肩につきそうな長さのオレンジ色の髪は色々な方向へ跳ねているし、長い睫毛の下の青い瞳や、薄い桜色に染まったほっぺたなんか、雑誌の表紙を飾れそうなレベルだ。

五歳くらいに見えるが、外国人だろうか。

日本語が上手だから、ハーフかもしれない。

「うん。もう治ったみたい。びっくりさせてごめんね」

「貧血か?それにしちゃあ随分苦しそうだったけど。そいうやお前、なんでこんなところにいるん・・・」

子どもがハッとした顔をして口を噤んだ。

すぐ近くで怒号が聞こえてきたからだ。

「まだ見つからねえのかグズども!さっさと探せ!」

そういえば、ここはどこだろう。

見た感じ、簡素な作りの木造の厩舎だ。

自分の対角線上に木の扉があって、歪んだ組木の所々から明かりが漏れ出している。

この小屋の主な光源は、天井付近に取り付けられた六つの円形の窓だ。

そこから六つの柱となって、陽の光がさらさらと降り注いでいる。

そして入口から両脇に、3つずつ牛の部屋があった。

扉から見て一番右奥、つまり今私たちがいるところだけは、牛ではなく大量の干し草が積み上げられていた。

太陽の光の一筋は、干し草の山にスポットライトを当てるように煌めいている。

子どもはきょろきょろと忙しなく辺りを見回している。

「ねえ、どうしたの?トイレ?」

「なんでもない」

なんでもなくはないでしょうよ。

だって明らかに怯えた顔をしているもの。

もしかして、さっきの声の主に追われているとか。

砂浜でオバケと出会った次は、悪党に追われる子ども?

「ねえ、この干し草の中って、私、入れると思う?」

ぽんぽんと積み上がった藁を叩いてみせると、子どもはそっちを一瞥してから、私の方に向き直った。

青い青い瞳の奥が暗く陰っている。

値踏みしているような目つきだ。

こんな5歳ほどの子どもがするにしては、随分大人びた表情だと思った。

目線を合わせるように座り直して、自分の口角を人差しでぐいっと引き上げた。

「口が裂けても言わないよ」

子どもは、虚を衝かれたように目を丸くしてから、噴き出した。

「なんだよそれ。変な奴」

そう言った子どもの目に、ぱっと光が散ったように見えた。

「変な奴はひどいよ・・・」

しょげたふりをする私に構わず、子どもはにやっと笑って、干し草の中に消えていった。

そこだけ不自然に凹んでいたので、上の方から干し草を一掴み取って、整えてやった。

これでよし、とひとつ頷いて、柵を潜って隣の牛の背後に回る。

牛を見るのは久しぶりだった。いつも牛乳をありがとうございます、という気持ちを込めて牛の背中をそっと撫でると、尻尾で頬を叩かれた。

「痛いっ!ひどいよ牛!」

「モサモサ」

痛みも一瞬で消し飛ぶような衝撃が全身を貫いた。

牛がモサモサって鳴いたよ、今。

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