小説3 | ナノ


  01、夕陽とラジオと蜃気楼


目を覚ましたら、夕陽に染まる海岸が眼前に広がっていた。

家に帰り着いて、行儀悪くそのままソファに寝転がったところまでは覚えているのだが。

そこから記憶がぷっつり途絶え、次に目を開けた時には、なぜか波打ち際に転がっていたのだ。

手を伸ばせば届く距離に、愛用の学生鞄も転がっていた。

体中砂だらけで大変なことになっているが、先日クリーニングから返ってきたばかりの制服が砂まみれになってしまったことが、一番ダメージが大きかった。

精神的にも、懐的にも。

「誰かー!いませんかー!」

もう目が覚めて10分ほど経つが、これが夢か現実なのか、私には判断することができなかった。

これは、どっきり企画だろうか。

どっかにカメラさんが隠れているんですか?

しかし、前は海、後ろは地平線の彼方まで真っ白け、だ。

足元から地平の彼方まで続く、小さな貝殻でできた砂浜は、歩く度に小気味のいい音を立てている。

燃えるような夕陽に染められた波の端っこが、足を優しく撫でていった。

足元には、掌サイズのラジオがひとつ落ちていて、波に攫われて行ったり来たりを繰り返していた。

夜の始まりに吹く涼しい風が、波の上をどこまでも転がって行く。

とても綺麗な風景なのに、なんだか無性に寂しくなってしまった。

我が家の門限は、中学に上がるまで日没までだった。

そのせいか、夕陽を見ると、早く帰らなければならないと思ってしまう。

夕暮れの時間は寂しい時間だ。

夢なら早く覚めてほしい。

ここはあまり一人でいたい場所じゃない。

砂浜に腰を下ろしてのの字を書いていると、すぐ近くから、誰かの優しい声が聞こえてきた。

「そろそろ、行きましょうか」

一瞬心臓が停止した気がした。

慌てて振り向くと、背が高くて黒い人影が、蜃気楼のように淡く揺れながらそこに立っていた。

囁かれた声は、高ぎるわけでもなく、かと言って低すぎるわけでもない、心地よい男性の声だった。

しかし、オバケだ。

左手で何度か目を擦ってみたが、やはり、いる。

蜃気楼オバケは、その場から動かずに、ふわふわと地面から10cm程のところで揺れている。

「い、行くって、どこに?」

その靄の腕らしきものが、私の足元を指さした。

それに促されて視線を落とすと、携帯用のラジオが、壊れたようにノイズ音を吐き出し始めた。

蜃気楼くんは、不愉快そうな声音で、

「聞いては行けません」

と囁いた。

一体どうやって喋っているんだろう。

というか、あなたは一体なんですか。幽霊ですか?

こちらを労わる様な優し気な声だったけど、「行く」ってもしかして「逝く」だったりするの?

死神?私死んだの?まだ高校生なのに!?

忠告を無視して百面相を始めた私に、何を思ったのか、靄のオバケはジェスチャーで耳を塞ぐような仕草をしてきた。

それを見て、あれ、と思った。

なんかよくわからないけど、私、この人のことを知っているんじゃないかな、という妙な思いが胸を過ぎった。

蜃気楼に知り合いはいないはずだ。

どこであったのかを思い出そうとするが、ラジオのノイズがそれをかき消すほど音量を上げて迫ってきていた。

「あなたの名前は!?」

負けじと大声で話しかけると、蜃気楼くんはゆっくりと頭を振り、もう一度足元を指差して囁いた。

ノイズの中でも、不思議とその声はよく聞こえる。

「それ、踏んで壊してもいいんですよ」

ラジオは、それに抗議するように唸り声を強めた。

耳の中が工事現場になったかと思うほどの強烈な騒音だ。

やっと、耳に掌を押し当てて音を遮断しようという気になったが、その抵抗も、わんわんと泣き叫ぶノイズには勝てなかった。

耳の奥で誰かが笑っているような気がした。

鼓膜の奥が焼けるように痛む。

黒いオバケが近づいてきて、私に触れるか触れないかというところで、痛みに耐え切れずに私はぎゅっと目を瞑った。

何か柔らかくて温かいものが、そっと私の額に触れた。

「おい、大丈夫か?」

蜃気楼くんかと思ったが、聞こえてきたのは先程よりも高くてぶっきらぼうな声だった。

そうして、次に目を開けたときに最初に見たものは、燃える夕陽と同じ色の髪の子どもだった。

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