5:顔-後編- 「ひいいぃぃぃッ!!」 街の人込みの中、俺は男の叫び声にぎょっと振り返った。 周りにいた買い物客の視線もそちらに注がれる。 そいつは足を絡ませるように横道から出てくると、勢い余って道端のゴミ箱に突っ込んでいった。 「な、なんだ?」 よく見るとその服には血がついていて。 這い出てきた狭い道の奥から、複数の短い叫び声が聴こえてきた。 酔っ払いの喧嘩かとも思ったけどちょっと尋常じゃない。 何か嫌な予感がして。 俺はアルにめくばせすると、男を飛び越えて後ろに控える暗闇に身を投じていった。 摺り落ちてくる身体を避けて飛び退いた。 血生臭さが鼻につく。 なんとも静かだ。 あいつを連れて逃げた奴はもっと先か。 走るのは億劫で、だけど足早に前に進む。 喧騒から離れ、闇が深くなるほどに冷静になってくる。 何をやってるんだと、自分に対して何処までも冷えていく。 あいつがさっさと自分でなんとかしないからだ。 いやそもそもあの馬鹿どもが…。 頭の中でぶつぶつ言っている内に、道の先に薄汚い人間達が見えて足を止めた。 あいつも蹲るように其処に居た。 三人も残っていたとは。 丁度いいや。まだ殺し足りないし。 そう思ったが、そいつらは俺を見るなり気味悪そうな面をして。 一言も発さずまさに一目散に逃げていった。 「………。」 まったくの拍子抜けだ。 やり場のない衝動をどうにか散らしつつ歩み寄る。 そして蹲っているガキに近づいて腕を引っ張り上げた。 「ッいやっ!」 「?」 立たせようとしたのに両脚を突っ張って抵抗してくる。 どうやらかなり興奮しているらしい。 俺の手が血まみれなせいもあるかもしれない。 「…おい」 「いやぁ!!」 喚きながら振り上げた腕が左の眦を掠める。 ていうか痛いんだけど。 「、ちょ…」 「離してっ!」 「ッ…!未登録ッ!!」 思わずそう怒鳴った。 びくりと身体が震え、その目が俺の顔を捉える。 か細い息遣いだけが闇に映えた。 「………エン…ッ」 あ、また。 「…、…本物…?」 縮こまったまま見上げてくる。 何口走ってるか分かってんの? 「…何やってんだよ」 「……ごめん、なさい…」 「……」 今までこいつに謝られた事あったっけ。 調子が狂うな、と心中で呟いて見下ろした顔。 いつもは腹が立つくらい攻撃的な目が、今は何処にも見当たらなかった。 「ふ…っ……」 しゃくり上げるように短く空気を吸って。 うまく息が継げないらしい。 震えを止めようと時折唾液を飲む。 不意に緩んだらしい目元の、その先端から溢れようとする物を抑え込もうと唇を噛んでいた。 よく見ると唇の端が切れ、頬には土がついていた。 視線をずらすと色んなものが飛び込んでくる。 服は汚れているし、袖の裾から覗いた手首は赤い。 最後には、もう一度その顔を見直して。 「………」 よく分からない。 もどかしいんだ。 何も言えずに突っ立ってるこいつが。 いつまでも怯えて動けないこいつが。 よく分からなかった。 ただ、目の前の顔に、 手を伸ばして―――。 「お前…っ!」 その時だった。 硬い足音が近づいてきたかと思うと、聞き覚えのある声がした。 「お前、第五研究所の…」 鋼のおチビさんとその弟君。 こうなるんじゃないかと思っていたけど、案の定見つかった。 [page select] [目次] site top▲ |