11: 「……エドとアルの、ワンピース…」 「……」 …エルリック兄弟の……。 やっとまともに喋ったのに、変なところで止めるもんだから。 可能な限り穏便に聞き出そうと思いついた筈が、眉間に余分な力が入る。 俺は危うく想像しかけたおぞましいモノを即抹殺すると、集まってくる思考をシャットアウトして続きを待った。 「…二人が選んでくれたの。でも、どろどろになって破れて…。 自分で買った髪留めもなくして…、エンヴィーは記憶が無いとか言うし…。…私…目の前で吐いて…、…それに…私……」 遮らずにおいて、耳を澄ましても尚。 声に出してみるので精一杯だったのか、要点の定まらない話は聴けば聴く程に奇妙で。 よく分からず俺の顔は歪みを増す。 「…吐くってなんだよ。それに、何。」 未登録は耐えきれなくなった様に両手で頭を抱える仕草をした。 「ねぇ〜、もういいでしょ?此処まで喋ったんだから吐いちゃえば?」 面倒だから、とっとと吐けなんて。何処ぞのフェミニストなら卒倒ものだ。 その手の男に化けて、演じるつもりになれば少しはマシな言葉が選べたのか。 せめて寸前の相手の話に考慮して、普通に「言って」と持ち掛ければ良かった。 ぞんざいな俺の言葉に未登録は愈々俯いてしまった。 「もう終わった事なんだし、大した問題じゃないだろ?」 少し苛立った声で急かす。 膝の上に乗せている分、未登録が項垂れていても、瞳の色がまだ見える。 下ばかり向くなと思うのは、いつまでも同じ景色に留まる姿を見たくないからで、その両目に光が落ちるのを俺は待っているけれど。 「……」 自分と全く違う生き物だと分かっているのに。 本人すら理解していない生身のメカニズムの中で生きている。 そんな存在が己であり他者だと知りながら、相手が右肩上がりに持ち直す事を期待するなら、それはエゴイズムの発露だ。 通常でさえ把握できない、他人の状態に付き合いきれなくなる。 面倒になる。機械的な対応で遠巻きにする。 …焦れったい。 何があったのか知らないし、怪我の程度はまあまあ酷い。 だけど命に別状は無いし、俺も元に戻ったんだからそれでいいじゃん。 「それとも、俺には言えないの」 「……」 「未登録」 「私は…、一度に色んな事がありすぎて…っ…」 何がなんだか分からないのだと、未登録は耳を塞ぐ様に頭を振った。 その忙しい動作に合わせ、髪が短く跳ねて揺れて流れた。 常には無い乱れ方だった。 これまでだって色々あったけど。落ち込みこそはすれ、こんなのは珍しい。 「未登録」 もう一度、未登録、とその名を呼ぶと、未登録は大きく首を横に振った。 それ以上は下げられない程に顎を引かれる。 ―――視界に。 ほんの少し俺が映り込む事さえ、未登録は拒んでいる。 そう思うと、俄かに内臓が熱くなる様な感覚がして。 抱えていた未登録の身体ごと、半ば縺れ合って二人してベッドに倒れ込んだ。 シーツの上で未登録の瞳が再び開くのが見えて、薄暗さの中で互いの鼻が交差する。 たとえ、目の前の唇を勢い任せに塞いでも。 そんな事をしてもどうしようもない気がして。 いつになくボロボロな未登録は強く抱きしめる訳にもいかず、代わりに緩く頭を抱き込んだ。 …心臓の音が聞こえる。 どうしたらいいのか、何がしたいのかなんて自分でも分からないのはいつも通りで。 今だって戸惑わせるばかりで、強張った身体を解す術も見つからない。 何処か痛んだのか、未登録の上半身が浮いて、一瞬、片足が引き攣った。 少し顔を離すと、勿論未登録は俺の方なんて見ていなくて。 「…、こっち向きなよ」 未登録は叱られた子供のように縮こまっていた。 すっかり元気を無くした瞳に、心が揺れる。 程遠い。 程遠かった。 もう、この顔を見る事も、名前を呼ぶ事もないと。 消え入る様に覚悟した日。 あの時、お前に与えられたらと願ったのは。 言わば本来の俺にとって、 とてつもなく縁遠い境地にあるもの。 互いの身体が近過ぎて、熱と湿気がこもる。 髪が香るのに何の甘さも感じない。 未登録の細い髪の先が、その口元に触れていた。 無意識に少し右腕を伸ばした時、未登録の唇が僅かに震えた気がした。 この距離を、埋める手立てが俺には一向に思いつかない。 未登録を見つめるだけの俺の目は、相手の視界からは完全に外されていた。 [page select] [目次] site top▲ ×
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