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「……エドとアルの、ワンピース…」


「……」

…エルリック兄弟の……。

やっとまともに喋ったのに、変なところで止めるもんだから。

可能な限り穏便に聞き出そうと思いついた筈が、眉間に余分な力が入る。
俺は危うく想像しかけたおぞましいモノを即抹殺すると、集まってくる思考をシャットアウトして続きを待った。


「…二人が選んでくれたの。でも、どろどろになって破れて…。
自分で買った髪留めもなくして…、エンヴィーは記憶が無いとか言うし…。…私…目の前で吐いて…、…それに…私……」

遮らずにおいて、耳を澄ましても尚。
声に出してみるので精一杯だったのか、要点の定まらない話は聴けば聴く程に奇妙で。
よく分からず俺の顔は歪みを増す。

「…吐くってなんだよ。それに、何。」

未登録は耐えきれなくなった様に両手で頭を抱える仕草をした。

「ねぇ〜、もういいでしょ?此処まで喋ったんだから吐いちゃえば?」

面倒だから、とっとと吐けなんて。何処ぞのフェミニストなら卒倒ものだ。
その手の男に化けて、演じるつもりになれば少しはマシな言葉が選べたのか。
せめて寸前の相手の話に考慮して、普通に「言って」と持ち掛ければ良かった。
ぞんざいな俺の言葉に未登録は愈々俯いてしまった。


「もう終わった事なんだし、大した問題じゃないだろ?」

少し苛立った声で急かす。
膝の上に乗せている分、未登録が項垂れていても、瞳の色がまだ見える。
下ばかり向くなと思うのは、いつまでも同じ景色に留まる姿を見たくないからで、その両目に光が落ちるのを俺は待っているけれど。


「……」

自分と全く違う生き物だと分かっているのに。

本人すら理解していない生身のメカニズムの中で生きている。
そんな存在が己であり他者だと知りながら、相手が右肩上がりに持ち直す事を期待するなら、それはエゴイズムの発露だ。
通常でさえ把握できない、他人の状態に付き合いきれなくなる。
面倒になる。機械的な対応で遠巻きにする。


…焦れったい。
何があったのか知らないし、怪我の程度はまあまあ酷い。
だけど命に別状は無いし、俺も元に戻ったんだからそれでいいじゃん。


「それとも、俺には言えないの」

「……」

「未登録」

「私は…、一度に色んな事がありすぎて…っ…」

何がなんだか分からないのだと、未登録は耳を塞ぐ様に頭を振った。
その忙しい動作に合わせ、髪が短く跳ねて揺れて流れた。
常には無い乱れ方だった。
これまでだって色々あったけど。落ち込みこそはすれ、こんなのは珍しい。


「未登録」

もう一度、未登録、とその名を呼ぶと、未登録は大きく首を横に振った。
それ以上は下げられない程に顎を引かれる。



―――視界に。
ほんの少し俺が映り込む事さえ、未登録は拒んでいる。

そう思うと、俄かに内臓が熱くなる様な感覚がして。
抱えていた未登録の身体ごと、半ば縺れ合って二人してベッドに倒れ込んだ。
シーツの上で未登録の瞳が再び開くのが見えて、薄暗さの中で互いの鼻が交差する。
たとえ、目の前の唇を勢い任せに塞いでも。
そんな事をしてもどうしようもない気がして。
いつになくボロボロな未登録は強く抱きしめる訳にもいかず、代わりに緩く頭を抱き込んだ。


…心臓の音が聞こえる。


どうしたらいいのか、何がしたいのかなんて自分でも分からないのはいつも通りで。
今だって戸惑わせるばかりで、強張った身体を解す術も見つからない。
何処か痛んだのか、未登録の上半身が浮いて、一瞬、片足が引き攣った。
少し顔を離すと、勿論未登録は俺の方なんて見ていなくて。


「…、こっち向きなよ」

未登録は叱られた子供のように縮こまっていた。
すっかり元気を無くした瞳に、心が揺れる。



程遠い。


程遠かった。

もう、この顔を見る事も、名前を呼ぶ事もないと。
消え入る様に覚悟した日。
あの時、お前に与えられたらと願ったのは。



言わば本来の俺にとって、
とてつもなく縁遠い境地にあるもの。





互いの身体が近過ぎて、熱と湿気がこもる。
髪が香るのに何の甘さも感じない。

未登録の細い髪の先が、その口元に触れていた。
無意識に少し右腕を伸ばした時、未登録の唇が僅かに震えた気がした。
この距離を、埋める手立てが俺には一向に思いつかない。
未登録を見つめるだけの俺の目は、相手の視界からは完全に外されていた。


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