11: 目の前の身体を抱き締めていると、起き掛けの体温が肌に馴染んでくる。 両腕で輪を作る自分の姿は、流れ出ていくものを堰き止めようとするのに似ていた。 穏やかに続く温もりに目を閉じたくなるのはきっと、相手の内から湧く熱の確かさを、自分が自然と感じるよりも深く認める為で。 あと少し、このままで。 そんな俺の望みとは裏腹、未登録はすぐに胸を押し返してきた。 「…ご飯ありがとう。すぐ食べるね」 目も合わさず、口早にそれだけ。 未登録は俺の腕からすり抜け、まだ湯気の漂う朝食へ向かう。 …分かり易い。 分かり易くよそよそしかった。 何かを隠して、浮かない思いを抱えている時の態度。 こういう時の未登録は凄く分かり易い。 一方でその悩みは俺には解り難く、持て余す事になる。 「暫く外に出てたって聞いたけど。焔の大佐に会ったその後は?何処に居たの?」 いつもより速いペースで朝食を取る未登録を眺め、俺は頬杖をつく。 「エド達のお世話になってた」 未登録はパンを千切り、ホテルで過ごした日々や、初めて働いた事等を話して聞かせる。 困ったものだ、というのが俺の感想だった。 大事なものはもう十分な形で目の前に在る筈なのに。 奇跡だの夢だのと惚けた後には、舌の根の乾かぬ内に不満を零す。 日常を生きていると、あっという間に心が狭くなる。 未登録は話している間も、笑いはするが碌に目線を上げない。 俺は昨夜の様子を思い出す。 肩を、びくつかせる。 顔を合わせようとしない。 俺の目を見ない。 「未登録さ、昨日からずっと変だよね」 思ったまま口にすると、未登録の動きがぴたりと止まる。 名前を呼んでも、まだ目が合わない。 「…うん。そう、かも」 なけなしの自然な言動もこれまでらしく、 最初の内にせっせと口に詰めていた割に減らなかった朝食がトレーの上で冷めつつある。 「今日は私…、一人で居たい」 「…足は大丈夫なの?不便だろ」 俺は日がな一日未登録に付き添いはしない。 その内に部屋を出て行き、そのまま半日以上戻らなかったりする。 往々にしてそうなのに、未登録はわざわざ一人になりたいと言う。 「大丈夫、全然平気」 未登録が笑う。 嘘吐き、と頭の中央で低レベルな非難をする。 俺は未登録の使っているテーブルに素早く手を置き、身を乗り出してその顔を覗き込んだ。 びくりと未登録が首を揺らす。 笑わずにはいられない。嘲りを込めて。 「…未登録はさ、何をそんなに怖がってんの?」 とっくに気づいている。 こっちを見ない。 昨夜からずっと。 「……ごめん」 お馴染みの、消え入る様な景気の悪い謝罪。 溜息を吐くなと言う方がおかしい。 「未登録のごめんはさー、俺には大抵意味分かんないんだよね」 悪態をついていると、エンヴィー、と名前を呼ばれる。 それだけで良かった心境を眩しくは思っても、早くも俺には自力で辿り着けそうになかった。 「ごめんね。私、一人で考えたい事が…」 「まさか俺が怖いの?」 「違…、」 「へぇ、ほんとかなぁ。」 何でこんな空気になるのか。 目線を下げて悲しげな顔をする。それすら納得がいかない。 仮に半分は俺のせいだとしても、まだ訳が分からない。 「…未登録、こっち来て」 「え、…わ!」 俺は未登録を抱き抱えると、ベッドに座り込む形で自分の膝に乗せた。 驚いて離れようとする未登録を引き戻す。 「何があったのか、話すまでこのままだよ」 やっと一瞬、目が合う。 硝子玉には困惑の色が流し込まれていた。 すぐに下を向いた顔は明らかに落ち込んでいる。 朝の静かな空気に、粘度の高い沈黙が混ざる。 じっと待っていると、未登録がうっすら唇を開いた。 [page select] [目次] site top▲ |