11: 「それで、様子のおかしいあの子から逃げて来たの。無様ね。」 俺はアジト内で珍しくグラスを傾けていた。 テーブルと椅子に見立てたコンテナに陣取り、ラストと向かい合う。 空になった角瓶を天板の脇に置くと、壁沿いに積まれた木箱から無造作にワインボトルを引き摺り出した。 「あのさ。あいつの怪我の事、何か知らない?」 今まで別種の酒を注いでいたグラスに、上からドボドボと赤い液体を注ぎ込んだ。 「何処のどいつがやったとかさ。何があったか多少は知ってんでしょ?」 「あら?本人と上手く話せないからって、いたぶって気を晴らす為の犯人探し?」 「そういう返しは無いんじゃない?」 疑問符の応酬に笑みまで取っつけてみても、胸の内は面白くも何ともない。 「ご苦労過ぎて同情も出来ないわね」 「しょうがないだろー?覚えてないんだからさぁ」 「まるで酒に飲まれた振りする男の言い訳ね」 「…何、その例え…」 これ以上、俺にどうしろと。 ビルが潰れてアジトに戻った日から今日までの記憶はある。 だけど、鋼のおチビさんの監視に行ったりとか、普通に仕事をしていた覚えしかない。 その間のあいつ絡みの記憶は無かった事にして再構築されているらしかった。 仕方なく他人に事情を訊いているものの、ラストは答えない。 注げるだけ注いですっかり重くなったグラスを引き寄せ、多めに渋い酒を喉に流す。 グラスのゴツゴツとしたカットを指でなぞると、変に反射して自分の手の中に赤い万華鏡が握られている様だった。 揺れても光っても、同じような赤ばかりが展開される世界が見えた。 …おかしなものだ。 先程から斜め前の席で涼しげにしているラストに目を側める。 「…ラストはあいつを始末しに行くと思ったけど、意外だね」 あの時。 お父様の手で造り直されようとしていたあの時。 揺らぐ視界に見たラストの後ろ姿。 あれは確かに本気だった。 「実質的な利益を取っただけよ」 「ははっ、未登録が何の役に立つって言うのさ」 全くらしくもない。 常に迷わず計画の為に動いてきたラストが、こんな選択をするなんて。 「そうね。あの子は役に立たない。何の価値も無いわ。生きてるってこと以外にはね」 「……」 ―――扉を。 開ける鍵の一つにするつもりで、ラストが連れて来た子供。 まともに錬金術を使えないと判明した時点で本当はゴミだった。 実際、今でもゴミの筈なんだ。 本当に、らしくもない。 未登録が一定のラインを越えそうなら。 焔の大佐とか、その辺りの奴と接触する恐れがあれば殺すつもりだったんだ。俺は。 奴等に捕まり尋問された筈の未登録が今も、ラストにもお父様にも消されていない。 まだ、生きている。 その事実が、長い営みの延長に立つ現在において、ずっと不思議な感覚として俺の中に漂っている。 生温くて、どうにも笑いが出るんだ。 「とにかく未登録がずっと変なんだよ」 「それは、貴方に言われたくないでしょうね」 「は、なんで」 もう本人にも言っちゃったんだけど。 まどろっこしい。 事情を把握していないのをちくちく攻撃してくるわりにディテールは掴ませない。 「だからさー、一部始終知ってる事教えてくれりゃいいじゃん。記憶も情報も無しに上手に未登録の相手しろっての?無茶言わないでよ」 「教えてもいいけど、あの子自身が何も話さないのに私が話すのはどうかしら。無関係なのに口を出すようで嫌だわ」 口を出す、だって。 これは根に持ってるなと確信すれば、アルコールの回った身体の奥にどうでもいい疲労感が増した。 やはり本人に訊くしかなさそうだった。 [page select] [目次] site top▲ ×
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