11:

生きて会う日は、永久に来ない。

あいつはこの世から居なくなり、俺はあいつが分からなくなる。
もう二度と、なかなか起きない子供を起こすことも、食事を運ぶこともない。

二度と、事実、永遠に。


何もかもに気づかないまま、俺は不要な部屋を見つけて処分する――――。







食器の載った盆を片手で支え、その小さな部屋の入口を開いた。
室内によく馴染んだ簡素なベッドに、顔の半分から下を毛布に包まれ未登録が眠っていた。
よほど疲れていたのか、もう昼が近いのにまだ起きない。
俺はといえば、昨夜から今朝に掛けて少しぼんやりとしていた。
気が抜けている。
まるで救いようのない夢から目覚めた直後のようだ。


唯々、「夢で良かった」と。



運び入れた盆を机に置き、ベッドに軽く腰掛ける。
伏せられた未登録の睫毛も目蓋も生きていて、上下する毛布に呼吸を見る。
天井へ向けられた額に、自分のそれを合わせて目を瞑る。



…夢みたいだ。

もう会えない筈の未登録が、現実にはこの部屋に帰ってきた。
奇跡とでも喜んでいい筈なのに実感がない。
あまりに日常的な、この部屋の朝の風景。
平凡過ぎて普通過ぎて、夢と気づかないような今日の現実が、まるで夢みたいな光を帯びて存在している。



「…早く起きればいいのに」

早く起きて、今日を始めてくれればいい。
人間の一生は短いから。

睡眠を欠いては生きられないのだから仕方ないけれど、寝ていられては勿体ない。
死骸の様に横たわる脆弱な夜を過ごしては、また蘇るその繰り返しで。

体勢を起こし、小傷のついた未登録の顔に触れる。
目蓋に閉ざされたこの奥に、自分のよく知る眼差しが眠っている。

未登録がその目を開けたら何を言おう。
何を話そう。

目覚めない限り交わる事のない硝子玉の潤を想うと、もう一度、早く起きればいいのにと思った。

その時、不意に未登録の瞳が、はっと開いた。
かと思うと、掛けていた毛布と共に跳ね起きる。
今の今まで呼吸を止めていたかのような息遣いに、狭い肩が揺れた。


「悪い夢でも見た?」

軽く笑い、戸惑い気味の未登録の額に触れると、微かに汗ばんでいた。


「…エンヴィー」

声が近い。
その距離感に新鮮な驚きがある。
夢だろうが現実だろうがきっと、俺はずっとこの目が見たかった。
無意識に後頭部を引き寄せ、同時に腕を引く。
それは思ったより伸びず、代わりに未登録は痛そうな顔をした。


「ああ、ごめん。痛かった?」

そんなに強くしたつもりはなかった。
腕も脚も服の下で怪我の具合は分からない。
夜に隠そうとしていた顔だけは、よく見えた。
赤黒い口元の傷だけでなく、鋭利な切り傷や小さな打撲まで冴えてはっきりと見える。
どんなに痛そうでも、目を開けていてくれるならまだ耐えられた。


「朝ご飯、持ってきたから食べなよ」

言いながら未登録を近寄せて、抱き締めて離さないのだから矛盾していた。

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