10:帰り道


延々と続く闇の中に、部屋の扉が浮き上がっていた。
その姿に言い知れぬ懐かしさを覚える。
ドアには一点の空洞があり、室内の光が廊下に漏れ出ていた。

未登録はいつもの様に部屋に入ろうとしたが、何故だかドアが固くて開かない。
押しても引いても、扉はがたがたと歪に鳴るだけだ。
板面に触れた手の平をそのままに、未登録はその場にずるずるとへたり込んだ。


ドアが開かない。

たったそれだけの問題を解決する気力が湧いてこなくて。
休みたい気持ちでいっぱいで、頭が回らなくてなんだか全てが億劫になる。
未登録は二の腕や太ももをさすりながら、このまま眠ってしまいたい衝動に駆られた。
部屋の外に居てはどんなに庇っても身体が冷える。
最初の内はそれを気にしたが、知らず滲む疲労に目蓋が下りてくる。
扉を背に膝を抱くと、未登録はやがて顔を伏せ、瞳を閉じた。






真っ暗な通路で、半時近くが過ぎた頃だった。
頭上で、ふわりとした風が通り抜けた。
未登録の疲れ切った意識はさほど覚醒しない。
冷える手足の心地悪さを頭の隅に認めつつ、浅い寝息を立てていた。
何故か、被っているフードが勝手に脱げていく。
その妙な違和感に初めて目を覚ました。



「…未登録?」

「!」

暗闇の中、目の前にその手が迫っていた。


「きゃあ!」

「うわっ、何」

未登録が短い悲鳴を上げて腕を振り払うと、直後に相手の驚いたような声が聞こえてきた。
心臓の音は酷いが何も起きない。
目を凝らすと、室内からの微光でエンヴィーの顔が見えた。


「あー、びっくりした。なんだ、やっぱり未登録じゃん」

部屋の前で蹲る人影を不審に思ったのだろう。
目の前に立ったエンヴィーが、脅かさないでよねと言いながら半眼になる。
全部はよく見えなくて、けれど当たり前に其処に居るエンヴィーを、未登録はただ見つめた。


「なんでこんなとこに座ってんの?」

「…ドアが、開かなくて」

遅れてそれだけ言うと、暗がりで伸ばされた腕が扉を揺らした。
やはり壊れているらしく、エンヴィーはドアノブのあった辺りに手を掛け、引き剥がすように引いた。
音を立てて入口が開かれる。


「はい、どーぞ」

廊下まで差した部屋の明かりが、殊更眩しく感じて目を細めた。
促された先に、出掛けた日から何一つ変わらない未登録の部屋があった。
此処は未登録の家ではないが、覚える感覚はまさに家に対するものと相違ない。
一頻り眺めていると、後ろから軽く掬うように髪を梳かれた。
その感触に一瞬びくりとする。


「何か言ってよ」

「…。…分かるの?」

僅かに振り返って未登録が尋ねると、エンヴィーは少し笑った。


「全然。記憶を再構築したって聞かされたけど、正直分かる事の方が少ないよ」

ビルが崩れた日から未登録がどうしてたかも知らない。
そうエンヴィーが話す間にも、未登録の目蓋は何度か緩く下がり、それに合わせて視線も僅かに下を向いた。
ドアが開かれた後も、未登録は言葉少なに暗がりへ座り込んでいる。
エンヴィーは僅かに首を傾げ、瞳を瞬いた。


「…随分眠たそうだね。とりあえず中入りなよ」

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