9:猫の記憶-後編- 「エンヴィー、貴方最近仕事が雑なんじゃないの。それに…」 加虐が過ぎる。 仕事を終えて戻って来た所で、ラストは透かさずそう言った。 「ちょっと構ってやっただけだよ」 渋い顔を横目に、俺はごまかし半分に髪を掻き上げる。 「無闇に人間を虐げるのはよしなさい」 普段なら多少引っかかる小言が全然こたえない。 人間と遊んでみても俺の気分はちっとも良くならなかったからだ。 「それよりラストに訊きたい事あるんだけど」 「…。もしかして、あのお嬢さんと接触したの?」 まだ何も話していないのに。 察しが良すぎて嫌になるが話は早い。 「そーだよ。で、何なのあの子。なんで俺達と関わった人間がおチビさん達と居るの。ていうかこっちの人間なんだよね?」 でなきゃ何なのだ。 いい加減教えたっていいと思うが返事は返ってこない。 「あいつ、何処まで知ってんの。エルリック兄弟の傍に居させていい訳?ドクターみたいに押し黙ってるって保証は無いだろ?」 話している内にあの女の顔が浮かんでくる。 丘の上に見た姿よりも前の記憶が蘇る。 あの表情が一番気に入らない。 めでたげな色のテントで見た顔も、あの兄弟に向ける顔も。 理由なんて知らない。 無関係でも目障りなんだ。 あの女が、あんな顔をして生きてるのが。 あいつが、 あんな風に笑ってるのが。 俺は手近にあった壁を力任せに一発殴りつけた。 内部へ振動が伝わり、面がずれる様に広く罅割れる。 「なんであの人間を自由にしてるんだよ!!」 そんな人間が一人じゃなくても。 理由なんか知らない。 とにかく不快だ。不愉快だ。 怒鳴った分だけ明確な返答を期待したが、ラストはいつまでも口を開かない。 「なんで黙ってんの」 「口を出すなと、言われたからかしら」 妙な口振りだった。 俺達が絶対的に従っているお父様からの言葉じゃない。 「…プライドやラースに言われたって訳でもなさそうだね」 「そうね。よく分かってるじゃない」 ラストは悠々、軽く絡める程度に腕を組む。 いつもにまして出来すぎた笑顔だった。 他に、ラストにそんな事言う奴なんて――…。 「……。」 口を出すな。 そんなの日常的な文句で、いつの件だか分からない。 仮にそう言ったとして、ラストが俺に何を承知する事があるのか。 「好きにしていいの」 何故だかそんな言葉が口をついて出た。 自分の望みも、ラストの腹の内も分からないままに。 ただ静かな紅い瞳が、存在意義に忠実な輝きを見せていた。 [page select] [目次] site top▲ |