9:猫の記憶-後編-


ただの偶然、それ以外に何がある。




いつまでも、どうでもいい奴の事で煩ってなどいられない。
関わらなければその内に忘れる。


そう思うのに。








何も無いに等しい景色は、丘へ訪れる俺の目に馴染んだ。

望む半球に遥か広がるのは、一面の空と人間達の街。
時に其処へ立てば、自らの存在を遠くへ置き去りにできる感覚がして、やがては自意識における人間共への標準的な悪意に終着した。
身の内の虚を映す鏡面に世界は存在し、その風景に呼応する心もまた空っぽで居られた。

誰かが来る事は稀だった。
人間達の敷いた幹線道路からは幾らか離れている。
少なくともこの街で日々の生活を送る人間にとって、だだっ広い平野の中ほどに置かれた陵丘は、車窓の外にゆったりと流れる景色ほど遠いものだった。

だから丘の頂上へ樹木の他にも細い影の立っていた時には驚いた。
そしてその先客が、まさかあの人間だとは思わない。

「なんであいつが…」

初めて見た日はそう呟いた。
以来、丘には近寄らないようにしたが、それもすぐ気に入らなくなって。

遠目に見掛けるのが二度目の今日は、ただの偶然なのか。


…しかも雪降ってんだけど。

無関係の現象まで奇怪な人間を仕立てる材料になる。
だっておかしいだろう。
薄暗いし、多分今日はかなり寒いんだろうし。

普通こういう天候の日は人間の活動自体が鈍るものだ。
そんな日にまで此処に来るのはあいつくらいだろう。
言い知れぬ不気味さをしっかりと噛んでしまわない内に、意識を仕舞って引き返す。
今すぐお前は何だと蹴散らしてやりたい気持ちよりも多く辟易としていた。


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