7:猫の記憶-前編-






「じゃあ、何も聞き出せてないんですか」

「そういう事になるな」

ハボックは軽く頭を掻くと、まだ十分な長さの煙草を路上に投じ、素早く踏み消した。
薄い色をした灰が路面の溝に擦り込まれる。

駐車場所に寄り合った一同は、ロイ、リザ、ハボックの順で車両に乗り込んだ。


「今後、彼女の身はエルリック兄弟が護るそうだ」

「いいんスか?それで」

「少々勿体ない気もするがな。だが…」

緩く拳を握りながら、ロイは言う。


「今は目の前の竿に集中し、獲物が掛かるのを待つとしよう」

消え切らなかった火の粉が、煙草の筒の内部で燻っている。
巻き紙の末端は焼かれて波形を成し、周囲を取り囲んで重厚な牙の様に沈黙する。

ハボックは残留する煙草の味に息を吐き出し、車のエンジンを掛けると、
身内に弱いんだよなぁ…この人、と心中で呟いた。


「む、いかん。」

その時、ロイが眉を顰めた。

「大佐?どうかされましたか」

「なんスか大佐。現場に忘れ物したとか言わないでくださいよ?」

「私は子供か!!」

言いながら、ロイはうっかりしていたと自身を振り返る。


…探りを入れるだけのつもりが、ヒューズの事をあの少女に話してしまった。

まだ兄弟達には知らせていないというのに。



「なんでもない。出してくれ」

ロイの低く通る声を合図に、車は今度こそ走り出した。













「まあまあお客様!大変よくお似合いです!」

試着室から出た未登録を、服飾店の店員は大袈裟な身振りで出迎えた。
春に先駆けた淡い黄色のワンピースを着た未登録に、アルは「これもいいなぁ」と思案する。

「うーん、兄さんはさっきのとどっちが可愛いと思う?」

「か…。俺は別に、未登録が気に入った奴で…」

「本当にどちらも素晴らしくお似合いで!
先程のお姿が森の湖水に戯れる白鳥なら、こちらは日溜まりに囀るカナリアの如く…」

「全ッ然意味が分からんわ!!」

「兄さん声大きいよ。あ、これもいいんじゃない?」

「あ?そうだな未登録ならこっちの…つーかマジで分かんねぇから俺に振るな!!」

「何だよもう、さっきから」

落ち着きがないなぁ、とぼやくアルフォンス。
女性ばかりの服飾店内で兄弟は明らかに浮いていた。
そわそわと所在なげなエドに対し、アルは周囲を気にする風もなく楽しそうだ。

「未登録はどれがいいの?未登録?」

未登録は試着室の前に居た。
試着姿で店員が見繕った商品を持ったまま、二度呼ばれて初めてはっとする。

「あ、ごめん…何?」

もう一度言って欲しいと、困ったように笑う未登録。
兄弟は顔を見合わせると、店員を呼んで会計を済ませた。









「ってな訳で、今日から未登録が泊まるのは此処な」

エドの指差すホテルを、未登録は口を半開きにして見上げた。
その間にも兄弟はエントランスに差し掛かり、大扉に手を掛ける。

「歩きっぱなしで疲れただろ?俺達はもうチェックインしてるから、さっさと手続きして休もうぜ」

「うん。あの…エド、何から何までありがとう」

未登録は思わず頭を下げた。
先程まで三人は、何も持たない未登録の生活用品を買いに行っていた。
エドの後ろには立派なロビーが広がり、金髪と室内の電飾が相まって少し眩しい。
エドはきょとんとすると、未登録の頭を小突くように撫でた。

「お前気にしすぎだって。このくらいどうって事ねぇよ」

「そうだよ。兄さんこう見えてお金だけは結構持ってるから遠慮しなくていいよ」

「弟よ…」

金だけって、とエドは殊更哀しげにアルフォンスを見やる。
その時、はたと未登録は気づく。


…そういえば私、死んだ事になってるんだ。


セントラルに来た以後、エンヴィーから受け取る以外に金銭を持つ機会はなかった。
働いて稼いだ経験もない。
もしもこの先まともに働けなかったら、なかなかエドにもお金が返せない。

入院までさせて貰って勝手に出て行ったし、…私って…。

「おい、未登録?」

「大丈夫?」

今日まで考えてもみなかった点に気づき、彼女はどんよりと重い空気に沈む。
エドは気にするなよ、と笑いを漏らした。

「いいんだって。それに未登録は飯屋のメニューを上から下まで食い尽くしたりしないだろ?」

「え?う、うん」

勿論だと未登録は頷く。

「はは。…あー大丈夫大丈夫。全く問題無し。行くぞ」

エドとアルは何故かげんなりとした表情になり、
よく分からないでいる未登録に手招きをした。

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