7:猫の記憶-前編- フロントで手続きを済ませて。 宿泊フロアに三人が到着すると、彼等の声を聞きつけたウィンリィが客室から顔を出した。 「エドじゃあるまいし、あんたは心配ばっかりかけて!」 無事で良かったと、ウィンリィは未登録を抱き締めた。 「なんで其処で俺を出すんだよ」 無視すんなというエドの声は届かない。 未登録は泣き顔のウィンリィに謝りながら、入院したとだけ伝えてあるのだと思い至る。 「それで、今は何処で何してるのよ」 何処で、何を。 三人は沈黙した。 「…なんでみんな黙るのよ」 「いや、そのなんつーか、未登録は放浪の身でだな… 」 「は?」 「国中を回って錬金術の修行してんだよ。な、アル! 」 「そうそう、各地を転々としてて…!でも暫くはセントラルに居るから今日から僕等と此処に――」 「あんた達、何か隠してるわね」 「何言ってんだよ、未登録は…」 どうにか取り繕おうとする兄弟に、彼女は不敵に微笑んだ。 「今夜、教えるまで逃がさないから。」 その夜、502号室では遅くまで賑やかな声が聴こえていた。 日付を跨いでも、真相を話せと詰め寄るウィンリィと、大した事じゃないと取り合わない兄弟の構図は変わらない。 「あーあ、ショックだわ。私にだけ内緒なんて。ま、あんた達兄弟はいっつもそんな感じだけど。未登録は違うと思ってたのに」 「ウィンリィ…」 「冗談よ。でもまあ、少しは…」 寂しいけど、と目線を外す。 友達なら話すべきとか、それが本当の友達だとか。 そんな一般論が首を擡げても、未登録は口を噤む他にない。 話せば巻き込む。だから話せない。 もう分かってくれている気がした。 「さてと、そろそろ寝よっかな。あんた達も程々にすんのよ。じゃあ、おやすみー」 備え付けのソファーから立ち上がったかと思うと、ウィンリィは長い髪を肩へ流し、ひらひらと手を振って自室へ戻って行く。 昔から、人と接するバランス感覚の良い子だと未登録は思う。 小さな少女だった頃の姿はまだよく覚えているけれど、今はもう自分の進む道を決めてしっかりと歩いている。 ただこのまま、太陽の下を歩いて行って欲しい。 未登録は広くなったソファーに座ったまま、彼女の後ろ姿を見つめた。 「やっと帰ったか」 「予想を裏切らない長丁場だったね」 たっぷりと息を吐いて、エドとアルが手足を伸ばす。 「ちょっと可哀想だったかな」 アルが言う。 「仕方ねぇだろ。こればっかりは」 「うん」 「よーし。ウィンリィも居なくなったし、未登録の話でもするか」 「え?」 未登録は急に振られて二人の顔を交互に見やる。 「お前すぐ顔に出るんだよな。今日だってずっと浮かない顔してたぜ?」 「色々、あるだろうからこう訊くのも変かもしれないけど、何か心配事があるんじゃないの?」 アルに促され、未登録は迷うような素振りを見せた。 二人の目は真っ直ぐに見つめてくる。 その目を見る内に、漂っていた行き場のない気持ちの断片が、未登録の心の底の方へ降りてきて安定してくる。 こういう心地を、安心感や信頼感と言うのかもしれない。 「実は…」 遂には、未登録はそう切り出した。 [page select] [目次] site top▲ ×
|