6:待罪-後編-




一人残された未登録は、不安そうに黒い窓を見つめていた。

賢者の石にどれほどの力があるのか、詳しくは知らない。
全てを可能にする魔法の石。それは彼らの体内にもある。
だけど幾らホムンクルスの再生能力が優れているといっても、そんな物を相手にしたら。

本当に大丈夫なんだろうか。

危険だから、という理由でこんな形で直前になって置いて行かれた事はなかった。
それだけに不安だった。



はっと未登録は我に返る。
そうだ、隠れていろと言われたんだった。
辺りを見回し、身を隠せる場所を探す。

ふと、未登録は鮮やかな青色に足を止める。

数メートル先に軍人の男が二人、並んで立っていた。
妙な面持ちで未登録を見ている。

目を合わせて程なく、黒髪の男が意を決したように近づいてくる。

突然すまないが、と前置きする彼の顔を、未登録は知っていた。



「君が、未登録だね」



「私の持っている資料は随分と古いが、面影がある」

男は口元に穏やかな笑みを浮かべると、一枚の写真を示した。

見覚えがあった。
それは昔、未登録の家のリビングに飾ってあったものと同じ写真だった。


頭がついて行かず、一歩後ずさる。

「その様子では、どうやら君も私の事を知っているようだね。そして捕われの身、という訳でもないようだ」

何も考えられないくらい未登録は動揺していた。
エンヴィー達の姿を見られたのかどうかも判然としない。
核心に迫るようなその声に、真っ直ぐな眼差しに、ただ意識を縛られて。
動揺を悟られまいと、無表情に徹するのが精一杯だった。


未登録がロイの姿を見たのは勿論初めてではない。
エドの世話役として、それなりの人物像くらいは自分の中にあった。
だけどこうして実際に向き合うと、その威圧感と存在感に、ただ圧倒された。

「…教えて欲しい。君は、今この街に一人で居るのか?」

押し黙る彼女をどう思ったのか、厳しい漆黒の瞳が、未登録を捉えて離さない。



「この数か月、君が行動を共にしていたのは…私の友人や、君の両親を手に掛けた者達じゃないのかね?」



言葉が鋭敏さを増して突き刺さる。






その時だった。

大穴の開くような激しい衝撃音と共に、窓の複数破裂するような音がした。

「な、なんだ!?」

一同はビルの上部を見上げ、硬直した状態で目を見張る。


「あれは…」

外壁から突き出した異様な物質が、未登録の位置からもよく見えた。
相当の質量を持った錬成物だ。

エンヴィーは無事だろうか。

そう案じた次の瞬間。窓から白い光が漏れ、地震に似た、
何かが爆発したような衝撃が地上を襲った。
爆風に飛ばされそうになった未登録の身体が、ロイに受け止められる。
顔を上げるとエンヴィー達の乗り込んだビルの一部が吹き飛び、
立ち上る煙と、剥き出しの鉄骨や硝子片などのぱらぱらと落ちていくのが見えた。

辺りの空気もたちまち煙塵に包まれていく。

未登録は突然の光景に目を見開いた。
最悪の想像が頭をよぎって、足や背中に、ぞわりと戦慄が走る。


「待て、何処へ行く気だ!」

「離してください!」

「あの中に、誰か居るのか?」

ビルの方へ駆け寄ろうとした未登録の腕を捕らえ、ロイは強い口調で問う。

未登録は言葉に詰まり、返事に窮した。

「それも、答えられないかね」

彼は困った様な笑みを浮かべた。
そして背後に控えていた部下の名前を呼ぶ。

「…私が行こう。彼女を安全な場所へ頼む」

ロイの指示により、未登録がハボックに引き渡される。

「待って!」

大丈夫だ心配ない、安心してほしいと、優しい声が降って来る。
その言葉は未登録の耳に入らず散っていく。


もしも大佐が彼らと出会してしまったら。

「待っ…!」

爆発に伴って上がった火の手のせいもあるだろう、濃度を増していく煙に咳き込んだ。
力強い腕が、未登録の肩を抱いて現場から遠ざけようとする。

「…っ!」

深い霧のように立ち込める灰褐色に、視界も一層悪くなっている。


涙と煙塵に霞んだ視界の中で、ある一瞬、未登録の思考が止まった。



全てのものがゆっくりと動いていく。



膨れ流れる煙の波間に、白い腕を見た。

半壊状態の建物を背にした彼女と、彼女に支えられている彼が居た。

だらりと腕を垂らしたエンヴィーは意識が無いようにも見える。




乱れた髪をそのままに血を拭う彼女と、一度だけ、目が合った気がした。




後にも先にもそれきりで。




二人の姿はすぐに煙に巻かれ、掻き消えて。



そして二度と現れなかった。

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