5:待罪-前編-






夜気に冷えた身体は、なかなか元に戻らなかった。

未登録は何度か眠ろうとしたが、暗闇の中で先程までの事を思い出すのが怖くて、部屋の電気は消せなかった。

ベッドに座り、無意識の内に思いを巡らせる。

あの後、男の子はどうなっただろう。
もうやめようと思うのに、何度も事件の有様が思い出された。

暫くそうしていると、不意に部屋の扉が開かれて。未登録はそちらに目を向ける。
こんな時間に彼女の部屋を訪れるのは一人だけだ。


「まだ寝ないの?もうすぐ朝だよ」


「寝ようとしたんだけど、眠れなくて…」

何事もなかったかのような態度に面食らったものの、エンヴィーがあまりに落ち着き払って言うので、つられて未登録も答える。


「…そうだよね。眠れないよね」

僅かに目線を落とし、未登録の隣へエンヴィーも静かに腰掛けた。

二体の死体を片付け、上に報告をして、その足で此処に来たのだろう。

彼の綺麗な手が、未登録の視界の隅に置かれている。
あの惨劇が嘘の様に。

なんとか事件の事を忘れられないかと足掻いていたけど、このまま朝が来ても、もう寝付けそうにはなかった。
未登録はちらりと彼に視線をやる。

きっと凄く怒っていて、それを告げに来たのだと思っていたけれど。
エンヴィーはずっと黙ったまま、大人しく座っている。

…何か、言うべきなんだろうか。
でも何を話せばいいんだろう。
謝れる内容でも、謝るべきでもない、と思う。


エンヴィーは?
何をしに来たんだろう。



「あの…」

「子供だったから、だよね」

エンヴィーは唐突に言った。


「未登録が人間を庇ったのは、相手が子供だったから…あの親子と自分の境遇重ねて辛かったからだよね。それだけでしょ?」

まるで自分に言い聞かせるようなエンヴィーの様子に、未登録は何も言えなかった。
ただ真意を求める様に彼を見つめて。

不意にその手が、未登録の頬に触れる。

「…それだけだって言って」

何処か思い詰めたようなその目に見据えられ、心が苦しくなる。



「エン…」

泣きそうになる。
触れた指が、血に汚れた筈の指がこんなに優しくて。

そうだとも、違うとも未登録は言えなかった。
何か言い出そうとするけど、言葉が出なくて。
もうあれこれ考えず、ごめんなさいと謝ってしまいたくなる。

それでも謝る事は出来ない。
今日みたいな事はこれきりだと誓えない。
同じ様な状況になれば、きっとまた未登録は同様の選択をするだろう。
彼が望まなくても、きっと同じ道を選ぶ。

笑っていて欲しいのに、苦しそうな顔をさせてしまう。




「…泣いてんの?」

掛けられた言葉に、未登録は急いで頭を振った。
なんだか堪らなくなって。
唇を噛み締めて、その両手で、頬に触れていたエンヴィーの手を取って握り締めた。

彼は少し驚いた顔をして、目を瞬いた。


後には仕方なさそうに笑って。
未登録の手の上に自分の手を重ねた。






こんな事を繰り返すだけだとしても、
そばに居たい。




強く、祈る様に目を閉じて。
未登録はもう一度その手を握り締めた。

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