5:待罪-前編-



室内に電話のベルが鳴り響き、男は待ち侘びたように受話器を取った。

「やあ、待たせたなファルマン准尉。同棲生活は順調かね」

「おかげさまで、引き篭りも板についてきましたよ」

「それは結構だな。早速だが、用件を聞こう。何かあったのか?」

ロイは電話ボックスの壁に寄り掛かりながら尋ねた。
つい先刻、ファルマンから連絡を受け、中央司令部の外から掛け直したのだ。

「は、実は少々気になる事がありまして。例の行方不明の少女の件です」

「何?」

「少女に関係があるかどうか確証はありませんが…」

「構わん。話してくれ」

「了解しました。それが先日、アパートの近くで殺人事件が起きまして…」

肝心の死体は出ていないのですが、とファルマンは話し始める。

「その被害者が襲われた理由というのが、石を持っていたから、だと」

「…石だと?」

「はい。被害者の息子がそう話していたそうです。どんな代物かは一切分かりませんが、その石を犯人に渡さなかった為に父親は殺されたと」

「……」

ロイは眉間に深く皺を寄せ、注意深く受話器に耳を傾ける。

「事件が起きたのは一週間前の真夜中、子供が住民に助けを求めてきたそうで、随分騒がしかったので私も目が覚めたくらいです」

ファルマンは外で何が起きたのか気に掛かったものの、生憎バリーを置いて部屋を空ける訳にいかず、翌日人づてに話を聞いたのだという。


「子供の証言によると父親を刺したのは若い男で、自分も殺されそうになったところを共犯の女が逃がしてくれたと言うんです」




「その女というのが…未登録と呼ばれていたと」
























「で、その子供に接触しようとするも、またもや行方不明っスか。怪しすぎますね…」

「正式な事情聴取の記録はあったが、毒にも薬にもならん内容だった。隠蔽工作はお手の物のようだな」

車のハンドルを握るハボックの横で、ロイは腕を組んで窓外を睨む。

「だが、人の口に戸は立てられん。親子と同じアパートの住人の話では、被害者の部屋には錬金術師らしき妙な人物が度々出入りしていたらしい」

「錬金術師、ですか?」

「先生と呼ばれていたらしいがな。子供は病気持ちで、被害者は金に困っていたという話もある。その息子が、或る日を境に急激に回復した。不思議な光を見たという証言もある」

二人は車を降り、舗装された道を歩いていく。
辺りには驚くほど人通りがない。

「父親がもし本物の石を持っていたなら、それを使って術師が子供を治療し、報酬に石を受け取った…あり得なくもない話だ」

「その錬金術師とやらの足取りは掴めたんですか?」

「…私が今日ファルマンの見舞いに同行したのは調査も兼ねてだ」

「は?」

「もしかしたらその男、この近所に住んでいるかもしれない」

真顔で言い放ったロイに、ハボックは目を点にし、次には眉を顰めた。

「近所って、此処殺人現場の目と鼻の先じゃないっスか!」

「スラム付近に変人の術師が暮らしている、というこれもあくまで住民間の噂だ。だから見舞いついでだと言っている」

「はあ…俺がそいつならさっさと別の場所に身を隠しますがね」

「よく注意して歩けよ。もしもまだ錬金術師が健在なら、犯人もその辺をうろついているかもしれん」

ロイはにやりと笑って、さっさとファルマンのアパートの方向に足を運ぶ。
真面目な話として聴いていたものの、どうやら途中からはただの戯言だったらしい。
ハボックは溜め息混じりに煙草を燻らせた。

「まあ、それならそれで苦労して探す手間が省けていいんじゃないスか」

投げやりに言葉を返した直後、ハボックはあらぬ方向を見て目を剥いた。
ポロリと煙草の灰が欠けて落ちる。


「た、た、大佐…!あの子!あの女の子!」

突然ひそひそ声で手招きするハボック。
透かさずロイが嫌そうに振り向く。

「なんだ急に。女って、お前つい最近彼女が出来たって言ってなかったか?」

「いいから!見てくださいよあれ!」


ハボックが促した道の先に、一人の少女がぽつんと立っていた。
何をしているのか、ただ目の前の薄汚れたビルをじっと見上げている。

その容貌に、非常に見覚えがあるのは気のせいか。

ロイは無表情で停止していたが、無言で懐から手帳を取り出すと、挟んであった写真を抜き出して眺めた。
ハボックと二人並んで、写真の中の少女と目の前の人物とを、繰り返し見比べる。


「………おい、ハボック。似ているような気がしないか?」

「似てるってレベルなんスかこれ」


紫煙を吹かし、彼はあっさりと言った。


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