4:空に徒花



いつの事かは知らない。
多分、冬だった。


青褪めた空の下で、一面の花が一斉に枯れていた。
その光景が、やけにすんなりと俺の目に馴染んで。
任務の最中だっていうのに、死んだ花の群れが風に吹かれるのを眺めていた。

其処はよく通る場所だった。
色を失った無数の錆茶色の花弁は、過ぎた別の季節には鮮やかだった筈で。
蕾が開いて咲いて枯れたのだろうが、どの過程も一切覚えていなかった。

存在にすら気づかなかった。
いつもそうだ。気づいたら死んでいたり、枯れている。
なんと言ってもこの世のものは日持ちしないのだ。
全ての事物はただ目まぐるしく開いては閉じ、停止した終わりの記憶だけが、
目の裏に微かに残っては塵の様に打ち捨てられ、葬られた。

変化の過程の記憶は最初から抜け落ちていた。
いや、自分にはそれらに気づく感性が無くて。
取るに足らないものだらけで、微細過ぎて気づけない。
かろうじて認知していたものも日々、己の現実から無くなっていて。
固執した対象すら無いなら無いでちっとも困らないから消えた事にも気づかない。
終わっていく為に始まるこの期限切れの世界で、
変化を失ったものだけが漸く申し訳程度に視界に映る。
それが自分の認識する「世界」だった。
狭い狭い、世界。
元より鋭敏さを欠いていた感受性は、今では幾重も膜を隔てたように鈍り。

そして、また小さな世界の一部が、遠のいていくのを感じていた。















蹴りつけた目標が吹っ飛んだのを視界の隅で確認し、
血の落ちる不快な感覚の中で着地した。


忙しく、壊れていく様な音を立てて再生する身体。
その仕上げとばかりに口の中に溜まった砂混じりの血を吐き捨てた。

視界にはまだ生きている人間が数人居た。

足裏で地面を意識する。

引き金に指が掛かる。
ナイフをぎらつかせる。
その動作を笑いながら目を細める。





それにしても、気分が悪い。






遠くで乾いた音がした。
掴んだ筈の地面が真横にずれる。

背中に地面を感じたのと同時に、目の前には刃を振り翳す人間のシルエット。
いつ見ても間抜けなシーンだ。
その後ろに聳える木立から、視界にちらりと横切って密やかに散るものがあった。
僅かに枝に残っていた、干乾びた木の葉だった。


枯れた花と同じ色の。


一瞬、背景の空があの日眺めた青と重なった。


「…うっ!!」

男の声に意識を戻す。
沈めようとした身体が、手を下す前にだらしなく折れ曲がる。
土を払いながら立ち上がると、いつもの呆れ顔でラストが立っていた。
その目は何処までも平静で、今の状態を容認し切っているように見えた。

「グラトニーは?」

「あそこよ」

倒すべき生き残りの人間達は早くも肉片や骨と化し、愈々でかい口に運ばれようとしていた。

その時、足の指先に生温いものが触れた。
先程ラストが仕留めた人間から流れ出たものだった。


死んでいる。
この状態が一番しっくりとくると同時に、
こうなるともう、それ以前の姿は俺には思い出せない。

「あーあ、全く何してくれるんだろうねぇこのゴミ共は。服は汚れるし命は掛かるし」

「…馬鹿ね。変なところで真面目なんだから」

不快な感情を払うようにぼやくと、少しくらい狡しても分からないのに、と今度は憐れむような瞳。

昔から変わらずお節介な女だ。



「あのさ」

足の指から払った赤い血が、落ち葉の上に飛んで彩った。


「今みたいに口出さないでよね。これから先どうなっても」

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