3:その日のふたり



街は未だ、朝の静寂に沈んでいた。
誰より早く起き出した鳥達だけが囁き謡う。
東の空の隅に日の昇る気配がする。

空はこの世の清浄を込めた淡い色彩で流れ、有り余る光を内に秘めて輝いているようだった。

朝というのはこんなにも綺麗なものだっただろうか。
いつも暮れる夕日ばかり嘆いていた気がするけれど。
未登録は明けていく空を眺めた。

沈む数と同じだけ日は空へ掲げられ、こうして朝を迎えていたのだ。
冷えた空気を吸い込んで、同じリズムで感嘆まじりの息を深く吐く。

朝は酷く新鮮だった。
肺の中に入ってくるものが自分の吐き出すそれより遥かに澄んでいる気がして、
少し鼻先が痛くなり、目の端が潤んだ。


「未登録」

些か遠くから聞こえた声に未登録ははっとする。

エンヴィーが歩みを止めて、首だけこちらを振り返っていた。
朝というものに夢中で、いつの間にか随分遅れてしまっていた。
小走りで彼のそばまで駆け寄って距離を埋めると、くすくすと可笑しそうに笑われた。

「な、何」

「別に〜?」

そう言ったその目が、微笑ましいと言わんばかりで、
幼い子供を見る大人の目に似ていて、未登録は少し恥ずかしくなった。


殆ど言葉も交わさずに暫く歩いていると、東の空から一際明るい太陽の光が差してきた。
その眩しさに目を細める。

前を行く彼を見れば、同じ様に横から照り出した太陽を眺め、眩しそうに目を細める仕草。



どきりとした。


相容れないものが、互いの領域を侵して存在している様で。



相手を消し去ってしまいそうな強さと、今にも消えてしまいそうな儚さを持っている。

黒い髪が陽に透け、表面が淡くきらきらと光る。
朝風に揺れると、今度は漆黒の色の内に隠されていた様々な彩りを見せる。

真正面から太陽を見る瞳が白光に照らされ、瞳孔だけが黒く塗られていた。
あとは何処までも淡い紫色が透き通って、あまりの透明度に、放射線状の虹彩の模様まで見えそうなくらい。

不意に、闇を光に透かすとこんなにも美しいのだと思った。






「この色が珍しい?」

細められた瞳。
互いの視界の中で目が合う。

瞬時に光は睫毛に遮断され、双眸は本来の闇を見せる。
合わさった筈の目線はすぐにはぐれて、遠く離れて。

こんな時は残酷とも言える後ろ姿だけが残って、靡く長い髪が、無性に引き止めたい気持ちにさせた。


「…、そういうのじゃ…」

綺麗だから見ていただけで。

肺の下に穴が開いたような感触。
自分が傷ついた事を知る。

人間の自分と、そうじゃない彼との、存在としての距離を示す一言だった。


前にも、こんな事があった気がした。
その時は何についてどう弁解したのか。
今はもう思い出せない。


未登録が何も言えないでいると、エンヴィーは急に振り返って、にやりと笑った。


「それとも見惚れてたとか?」


「…」


軽い口調で言った、彼に驚く。笑った目が親しくて面食らう。
これが彼の「見知った存在」に冗談を言う時の目なのだと、そう思うと未登録はまた目が離せなくなって。
消えるのが惜しい気がして、ただ見つめた。



その内、なんて顔してんのさ、とまた笑われた。

[ 119/177 ]

[*prev] [next#]

[page select]


[目次]

site top




×