1:予感 少年が、悲しげな顔でこちらを見ていた。 彼は残酷な決断の前に霞んでいた。 そうさせたのは自分なのに、可哀想だと的外れな感情を抱いた。 『正しい気持ち』 『正しい感情』 そういうものを、いつも自分という人間は重要視していたように思う。 行動の判断基準は大概の場合、善悪だった。 けれど気づく。 時が経つに連れ確実に失っていった、純潔に似た何かに。 暗闇が覆う世界は、すぐ隣に首をもたげている。 その深い深い暗黒に、 自らを溶かしていく音がする。 ゴウンゴウン、と、遠くで機材の稼働音がしていた。 聞き慣れた音だった。 いささか埃っぽいシーツの上。 すぐ側に針金を捻って作ったハンガーが掛かっているのが見えた。 ところどころ染みを作った古ぼけた天井、コンクリートの壁。 剥き出しの白熱灯が、被った埃を透かしながら仄かに周囲を照らしている。 取っ手のないドアからは向こう側の空間が黒く覗き、隙間風が流れ込む。 「……」 寝台からの景色は未登録に懐かしく記憶を辿らせた。 帰って来たのだ。 ぼうっと味気ない室内を見つめていると、不意に自分の中にぽっかり穴が開いてしまった様な感覚に落ちる。 …本当に全て、捨てて来てしまった。 大切な人達も、 自分が信じていた自分も。 何もかもが、もう返って来ないのだ。 いつの日にか引き抜かれた、あのドアノブ同様に。 [page select] [目次] site top▲ |