小説 | ナノ


▽ エプロン日和


ある晴れた日の午後のこと。ライルが突然、「俺、今日皿洗いしようかな」と言い出した。
「……お前、とうとう気がふれたのか」
「違う違う。ほら、今日って母の日でしょ?今日くらいはメイルに楽してほしいからさー!」
「メイルはどっからどう見ても男だけどな」
俺の言葉は聞かないふりで微笑むライル。
「それに、ちょっとしたドッキリも考えたしね」
「……」
まあそんなとこだろうと思った。こいつが、ただ人の手伝いをやるなんて地球がひっくり返っても有り得ない。
「というわけで今から皿洗いをしに行くんだけど、こときも一緒にどう?君が一緒だと嬉しいんだけど」
「なんで俺なんだ?勝手に一人でやってればいいだろ」
「メイルの驚いた姿を記録するなら、君が適任じゃん」
そう言うライルの顔はまさに悪魔の笑みだった。
哀れなメイルに合掌。


数分後、流しに立って楽しそうに泡をたてるライルの姿があった。
困惑顔で眺めるメイルをよそに、着々と皿を磨いていく。
「……あの、これはいったいどういうことなんでしょう?」
「母の日だからプレゼントだそうだ」
「私男ですけど。ライルとは血も繋がってないですし」
「俺もそう言った」
「ですよね。……なにか企んでるわけじゃないといいんですけど……」
おっと、流石に鋭い。
メイルはそれ以上の追求を諦め 、野菜を刻む作業に戻った。が、やっぱり気になるのだろう、時折ライルの方を見ている。料理中によそ見するなよ。
呆れていると、案の定メイルの手元が狂った。
「痛っ」
その声にライルが振り返る。
「?どうかした?」
「いえ、ちょっと切ってしまったようで」
「ん……酷い怪我じゃなさそうだね。にしても、君が指を切るなんて珍しいね。何か考え事でもしてたの?」
「ええ、ちょっと気になる人がいるといいますか」
「え、誰?」
お前だよ。
と、そこでメイルが何かに気がついたような顔をした。
「そうですね……せっかくなんで聞いてもらえますか?」
「もちろん!」
笑顔で頷くライル。
「気になる人と言うのは、ちょっと困った人のことなんですが」
それを聞いてぴんと来た。どうやら、ライルにかまをかけてみるつもりらしい
「……?え、メイルが片想いしてる相手じゃないの?気になる人って言うからてっきりそうだと思ったんだけど」
「それだけは有り得ません」
真顔だった。俺は思わず、ライルを見て頬を染めるメイルを想像してしまう。
うん、普通にキモいな。
「で、どう困った人なの」
「その人は、仕事は手伝わないし、面倒事は増やすし、人の面倒を見ないし、いつだって自分の楽しみ優先なんですよ」
「へぇ、確かに困った人だね」
ライルがもっともらしく相槌を打った。ダメだ顔が笑ってしまう。
「時々は手伝ってくれる時もあるんですが、そういう時は大抵下心があるというか、手伝った後に頼み事をするかあるいは手伝いと見せかけて悪戯してくるかのどちらかで……本当困りますよね、そういうの」
「……」
「そ、そうだね!迷惑だね!」
どうやらライルもメイルの意図に気づいたらしく、いまさらになってきょどりはじめた。おい顔が引き攣ってるぞ。
メイルも怪しいと思ったのか、じっとライルの顔を見つめて決定的な一言を口にした。
「その人が皿洗いを手伝ってくれることになったんですけどね?」
「……」
「これは純粋に厚意からくるんでしょうか?それとも何か企んでるんでしょうか?」
「…………」
「どっちだと思います?」
ニッコリ。
「…………う……」
ついにライルは後ずさり、
「……あ、そういえば今日友達の家に行かなきゃいけないんだった。ごめん皿洗いはまた今度ね!」
白々しく言いながらキッチンを飛び出していった。
「……」
「……逃げたな」
「ええ。本当に困った人です」
はぁあ……とため息をつくメイル。
「で、どんな悪戯を考えてたんですか」
「皿洗い中に、皿の割れる音を大音量で流すつもりだったらしい」
「なんか、意外にショボい悪戯ですね……」
「まあ、な」
頷くと、メイルはふいに流しを見やって苦笑するようにした。
「仕事は手伝わないし、面倒事は増やすし、人の面倒を見ないし、いつだって自分の楽しみ優先だけど……なんだか突き放せないんですよね」
その言葉に、俺もつられて流しを見る。
そこには、絆創膏が一つ、ぽつんと残されていた。

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