小説 | ナノ

▽ 6


 この世に嫌いなものはごまんとあるが、なかでもクレームは最たるものだ。なにせ自分が悪いから、何を言われても黙って耐え忍ぶしかない。そして、クレームが立ち続けに入ってくる今日みたいな日を、人生最悪の厄日というのだろう。
「こんな時に品薄なんて何を考えているのかしら」
「そんなんだからグズでのろまって言われるのよ」
「私たちがこうして買いに来てあげなかったら、こんな店なんてさっさと潰れちゃうわよ」
 うっとうしい。大体、他人に言われなくても、そんなことは自分が一番よく知っているというのに。
 そんなこんなで開店してからはや3時間。トレイズの読み通り客はひっきりなしにやってきて、カゼナオールは早々に売り切れ。ほかの在庫もじわりじわりと減っていく。売上的には大儲けだが、客からのクレームもセットでやってくるので精神的には大損害だ。
 最初は聞き流せていた言葉も、精神の摩耗とともにだんだん流せなくなってくる。そろそろうんざりしてきたので、トレイズに交代してほしいところだが、あいつはまだ帰ってこない。ここまで客が来るということは、忌子の年であることはとっくに周知されているわけで、ならば帰ってきてもいい頃だが……。
「買い物にてこずっているのか?」
 そうひとりごちたとき、カランと入店を知らせるベルが鳴った。のろのろと顔を上げると、本日最大の嵐がそこにいた。
「ちょっと、客が来たのに笑顔でいらっしゃいませと言うこともできないの?」
 カリカリとした口調で言ったのは、カサンドラだ。この人は、俺の顔を見るや否や突っかかってくるのが常。ぐずぐずしていたら、次に何を言われるか分かったもんじゃない。腹に力を入れて、なんとか接客用の笑顔を作る。
「失礼いたしました。なにかお探しでしょうか?」
「システリンと、エチタノール、それにカゼナオール、早く出して」
「申し訳ありません。カゼナオールは、今きらしているんです。代わりにこちらの薬はいかがですか?風邪の諸症状によく効きますよ」
「はぁ?私がほしいのはカゼナオールなんですけど。なんで売り切れなの?在庫管理がなってないんじゃないかしら」
「本当に申し訳ありませんでした。以後気を付けますので……」
「気を付けてなんとかなるならそうしなさいよ。ま、あんたにはどうせ無理でしょうけど。所詮草いじりしか能がないんだものね。ああ、女々しいったらありゃしない」
「……」
 こうなってしまうと謝っても逆効果。黙って頭を垂れるしかない。
 カサンドラは散々文句を言っていたが、やがて「はぁ」と大げさにため息をつき、
「まったく、この辺に薬屋がここしかないから仕方なく来てあげてるのに、もういいわ!」
 薬瓶が床にたたきつけられ、大きな音が響く。薬剤が床に広がっていくのを俺は茫然と見つめた。さすがに今の態度はカチンときて、思わずにらみつけてしまう。
「お客様、購入前の商品を乱暴に扱うのは……」
「あーはいはい、弁償すればいい?自分は商品をちゃんと提供することもできないのに、生意気」
 ぞんざいな口調で銀貨を取り出す態度に、腹の奥が熱くなる。だからって、こうして在庫が不足しているときに薬を無駄にすることはないだろう。緊急の客が来たらどうするつもりだ、となおも言いつのろうとした時だった。
「醜い羽根の持ち主は、心までそれに似てくるのかしら」
 醜い羽根。
 す、と体から力が抜けた。ああ、またか。またそんなもので、俺は否定されるのか。
「わざわざ地上まで下りてきてやってるっていうのに。あなたみたいな役立たずは、村の面汚しよ」
 カサンドラがまくしたてる言葉にも、もう抗議する気力はなかった。心を占めていたのは、ただただあきらめだけだった。
 そうだった。どうせ、俺は誰かに理解されることも、受け入れられることもなく、役立たずとののしられて生きていくしか――…。
「そんなことないよ」
 澄んだ声が、突如俺の思考を引っ張り上げた。はっとして入り口を見れば、店を出て行ったはずのライゼがキリリとまなじりを吊り上げて立っていた。その後ろに、山ほど食材を抱えたトレイズの姿も見える。
「ゼーレくんが役立たずなんてそんなことない。あなただって、彼の薬を頼りにしてるから、この店に来てるんでしょう。それなのに、どうしてそんなことを言うの?」
 怒っているというよりは、なにかを耐えるような静かな声だった。唖然とするが、カサンドラの顔が引きつっているのを見て慌てて押しとどめる。
「ライゼ、いいから」
「でも、」
「俺がちゃんとしてなかったから怒らせたんだ。それに、大人しくしていれば早く終わる。だから」
 そう囁いても、ライゼは眉をひそめたままだった。慌ててトレイズに助けを求めると、彼はため息をついたがすぐに仲裁に入った。
「この度は、大変ご迷惑をおかけしました。まあ、在庫管理は俺の仕事でもあるんで、あんまりゼーレだけを責めないでやってください。新しい薬ができ次第、俺のほうからそちらのお宅までお届けに上がりますので」
 如才ない態度とにこやかな語り口調に、カサンドラははっきりと鼻白んだ表情を見せた。「そう、わかったわ」そう言って店を立ち去ろうとするのでほっとする。もっとも、相手はあのカサンドラ、ただで立ち去るわけもない。ドアを閉める直前、憎々しげな顔でこう言った。
「穢れた忌み子のくせに」
「……はは」
 もはや乾いた笑いしか出てこない。ずいぶんと嫌われたものだ。もう、そんな態度も慣れてしまったけれど。
 隣でライゼが何か言いかけたが、それよりもドアが閉まるほうが早かった。バタン!といささか乱暴な音を最後に、店内がシンと静まり返る。
「……どうして、何も反論しなかったの?」
 しばらくして、ライゼはぽつりとそう言った。
「言ってもどうせ聞いちゃくれない」
「それは、ゼーレくんの羽根と関係があるの?」
 一瞬息が止まった。
「聞いてたのか」
「うん。あの……」
「いいんだ。どうせもう他の奴らにはばれてるしな」
 言って、服の裾を少し持ち上げて見せる。部屋の中にもかかわらず常に身に着けている上着。この下にあるのは、黒や茶色が汚く混ざりあい、ほんの少しひしゃげた羽根だ。もう何度呪ったかわからない、醜い羽根。
「首都ではどうだか知らない。でも、少なくともこの村では、翼は鳥族にとっての誇りであり、命の次に大事なものだ。だから、翼が大きく美しいものはもてはやされ、そうでない者や、羽に異常を持つ者は見下される。神様に見捨てられた子供、忌子だって呼ばれてな。」
 そしてそれこそが、こうして村から離れ、地上で生活している理由だった。
 話を聞いたライゼは、うつむき、こつこつとつま先で床をたたく。
「悔しいなぁ。どうして人は、一部分だけ見て、すべてわかったような気になっちゃうんだろうね」
 その言葉に俺は戸惑う。どうして、だなんて考えたこともなかった。ずっと今までそんな価値観の中で生きてきたのだ。
「人は、見たいものしか見えないんだろうなぁ」
 トレイズが、何やらごそごそと袋を漁りながらしみじみという。
「自分より弱いと思いたいんだろ。そいつをいじめてる間は、自分は強くいられると思ってるんだ。っと、あった」
「じゃん!」と自慢げに取り出されたのは、真っ赤に売れたリンゴ。
「暗い話はそれくらいにして、そろそろ休憩しないか。ゼーレも、慣れない接客で疲れたろ」
「賛成!」
 トレイズの笑みにつられたように、ライゼが弾んだ声を上げた。

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