小説 | ナノ


▽ 5


 鳥族とは、亜人の一種で、その名の通り鳥によく似た特徴を持つ種族だ。強靭な筋肉、呼吸器官と軽くて丈夫な羽、そして鳥族を象徴する器官――翼をもち、亜人の中でも数少ない、飛行を可能とする人類。彼らにとって、空は地上よりも最も身近な自分たちの庭であり、同じ空に生きるものとして他の鳥たち、とくに強大な力を持つ鳥を、守り神として信仰している。
 そう、例えばヘクセなどは、その代表格といえるだろう。
「ヘクセを……討伐、だって!?」
 ライゼの言葉を聞いたとたん、ガタンと椅子を鳴らして立ち上がったのはトレイズだった。普段は飄々とした態度を態度を崩さない彼も、今はわずかに青ざめている。
 彼も鳥族の一員である。自らが信仰してきた神を討伐するとも等しい発言に、流石に冷静ではいられなかったらしい。
「そもそもなんで今更!もうこの辺りの森は何百年もヘクセと共存してしてきた。それでも、ヘクセの被害にあった年なんて数えるほどしかないんだ。それなのに……ッ!」
「トレイズ」
 だんだんヒートアップしていく彼を、手のひらを向けて制する。それだけで彼ははっとしたようで、「ごめん」と言って椅子に座りなおした。いまだ色をなくしたままの彼をちらりと見やり、強いてゆっくりした口調で続ける。
「実はライゼと会う少し前、ヘクセに襲われたんだ」
 驚いた様子のトレイズに、これまでのことを説明する。
「ヘクセが人を襲うなんてことが……いや、そうか、忌子の年か」
「忌子の年?」
「ああ、ライゼは知らないか。ヘクセは十数年に一度、ひどく凶暴になる年があるんだ。どうしてなのか、理由がはっきりわかってるわけじゃないんだけどな。ただ、そういう年を昔から忌子の年って呼んでるんだよ」
「そうなんだ。忌子の年、かぁ」
 ライゼがほんの少し唇をかむ。
「そういう年はなるべく外に出ないようにしてやり過ごしてきた。商いも最小限にして、早い話が籠城するんだ。ヘクセが暴れてる期間はあまり長くないからな」
「ああ、籠城って手もあるのか。実はね、ヘクセの巣がある谷の西側では、もうすでにいくつか被害が出ているんだ。行商人の積み荷が壊されたり、子供がさらわれたり。だから、上の人たちもあせってて……。でも、ヘクセは普段、人を襲うことはないんだね?だったら、どうして凶暴化するのか、その原因さえ取り除くことができたら、上の人たちも納得してくれるかもしれない」
「ヘクセについて調査するなら、仕事内容に関してはしばらく黙っておいたほうがいい」
 そう口を挟むと、トレイズも隣でうんうんとうなずく。
「村の奴らも混乱するしな。よそ者のくせに、という空気になっちまったら、目も当てられない。今年は忌子の年ってことも、俺から説明しておくからさ」
そこで、ぽん、と手を打ち、
「そうだ、しばらく村に滞在するんだろ?どうせなら、ここに泊まってけば?」
 咄嗟に頷きかけて、俺ははたと我に返った。ちょっと待て。ライゼも「いいの!?」とか嬉しそうな声を出すな。
「ダメに決まってるだろ。なに家主を置いてとんでもない提案してるんだお前」
「だってお前、ライゼちゃんに命救ってもらったわけだろ?それくらいしてあげてもいーじゃん」
「ここまで案内したのと、朝飯の提供で恩は返した。あとは自分で何とかしてくれ。だいたい、俺みたいなのとつるんでいたら、余計調査がやりにくくなる」
「?どうして?」
 不思議そうな顔をするライゼに答える気はないとそっぽを向く。空気をとりなすように、トレイズが「まあまあ」と明るい声をあげた。
「この時期はほんと宿屋も客取るのを渋るからさ。一応紹介はするけど、ダメだった時くらいはいいだろ」
 確かに、それはありそうな話だった。宿屋だけでなく、すべての住人が今はよそ者を泊めるのを嫌がるだろう。
「まあ、そういうことなら……」
「なにからなにまでありがとう、トレイズくん。ゼーレくんも。じゃあ、そろそろ行くね。朝ごはん、ごちそうさまでした」
「俺も、説明がてらライゼちゃん送ってきますかね」
 そういって、トレイズもさっさと立ち上がる。途中で「あ」と気づいたような声を上げて、
「ついでに、食材買い込んできたほうがいいよな?」
「食材?まだ貯蓄は結構あるはずだが」
「だって忌子の年だろ。籠城するなら、今の量じゃ心もとない」
「籠城……」
 その言葉に血の気が引いた。
「薬もたくさん作っておけよ。客がたくさん買い占めていくかもしれないからな……って、どうしたゼーレ、顔色やばいぞ」
「ヘクセに襲われた衝撃で忘れてた……カゼナオールの材料、採ってきてない……」
「……は?」

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