小説 | ナノ


▽ おはじき遊びと古い傘


 この裏山には人嫌いの神様が住んでいる。昔このあたりの集落が日照りに苦しんだとき、村人が山に捧げた子供の神だ。彼は人間を恨んでいて、自分の力が強くなる雨の日なると祠から這い出て、人間を攫って食べてしまうのだという――…。

 獣道ともつかない山道を歩きながら、美香はばっかみたいと呟いた。びしょぬれになった山はいつもより機嫌が悪そうだ。深い緑色の葉をざわざわゆすってむっつり黙り込んでいる。

「早く帰りたいなあ」

 もちろん、神様の噂にびびってるからじゃない。いつもだったら、家に帰ってお菓子を食べているはずだからだ。もし、いじわるなサキちゃんが山に体操着を隠したりしなかったら。あーあ、と美香は思う。私の大好きなドーナツ。せっかくお母さんが揚げてくれるって言ったのに。
 しかもよりによって雨の日だなんて。地面はぐちょぐちょで歩きにくいし、服は濡れるし、もう散々だ。

「サキちゃんどこに隠したんだろ」
 悪戯好きのクラスメートの顔を思い浮かべる。空き地だろうか、それとも川のほうだろうか。
「ここから近いのは川のほうかな」
 頭の中に地図を広げながら呟く美香。まずはそっちのほうから探してみようと踵を返したときだった。

「……あ」

 うなじの毛をさぁっと撫でられた気がして、美香は思わず立ち止まった。山で遊んでいると、時々こんな風に毛が逆立つことがある。

「見られてる……」
 視線、だった。

 けれど、それはいつも不思議とあまり不愉快な気配ではなかった。少なくとも悪意のこもった視線じゃない、そんな気がする。しばらく立ち止まってから、美香はバッと振り返った。これまでと同じで、今度も誰もいないんだろうなと思いながら。

 最初に目に入ったのは、花柄をあしらったピンク色のかわいらしい傘だった。美香はビックリしてあとずさった。まさかこんなところに人がいるとは思わなかった。一瞬ちらりと例の噂がよぎったが、どうも様子がおかしい。傘をさしているのは年下に見える男の子で、美香は少し呆気にとられる。男の子という生き物は、ピンク色が嫌いなんだとずっと思っていたから。
 
最初に口を開いたのは男の子のほうだった。ちょっと背伸びしたみたいな、生意気な声。

「こんなところで何してんの?」
「体操着を探してるの」
「体操着?なんだってそんなもん忘れてきたの?」
「忘れてきたんじゃないんだけど」

 そういうと、男の子はふうん?と不思議そうな声をあげる。それ以上の追求はせずじろじろ美香のことを見た後で、何を思ったか突然こんなことを言い出した。

「じゃあさ、俺も一緒に探してやるよ」
「え?でも、君も何か用があって来たんじゃないの?」

 美香のように噂を信じてないならともかく、男の子とはいえこんな小さな子は、雨の日の裏山になんて用がなければ近づかないだろう。神様に攫われちゃうかもしれないんだから。そう思って聞くと、男の子はちょっと意地悪な声で答えた。

「馬鹿だなぁ。神様なんているわけないじゃん。雨で地面が滑りやすくなってるからそんな言い方してるだけだよ」
 まあ、用事がなかったわけじゃないんだけど。そう言って持っている傘をくるくるまわす。

「ほら、この傘なかなかいいだろ?」
「うん」
 
それはほんとに素敵な傘だった。新品でぴかぴかというわけじゃない。傘に張ってある布の色あせたところとか、骨組みがちょっと歪んでいるところとかが、なんだかすごく愛らしいのだ。

 美香が頷くのを見て、男の子はますます嬉しそうな顔をする。そうすると、年相応に幼い顔立ちになった。

「お気に入りの傘なんだ。だからちょっとさしてみたくなって」

 へえ、と美香は思う。さっきはちょっとムッとしたけど、傘の話しをしてる彼はなんだかいい顔になるんだなと、そんなことを考えた。

「俺暇だし。二人で探した方が早く見つかるだろうし。だから手伝ってやるよ」
「……わかった。ありがと」
 男の子はにやっと笑うと右手を差し出す。
「俺、太一って言うんだ。よろしくな」

 美香も頷いてその手をとった。とても温かいてのひらだった。

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