小説 | ナノ


▽ 電波世界の神様へ


小学6年の夏、ぼくらは神様に出会った。
ぼくらが見つけた神様は、厳かな顔の老人でもなければ、美しい女の人でもなかった。ぼくらと同じ顔をして、僕らと同じように笑ったり泣いたりした。電波の世界から来たと言っていたけど、ほんとは精神病院から抜け出してきた人だった。嘘つきで、多分ちょっとだけ頭がおかしくて、だから大人の人から嫌われていた。
それでも。
──たとえ、頭がおかしくて、皆から嫌われてる嘘つきでも。ぼくらにとって彼は確かに神様だった。
小学6年の夏、ぼくらは神様と友達になった。


神様を見つけたのは、ぼくらの中で一番のチビ、カズだった。
「オレ達の秘密基地に変な奴がいる!」
そう言って弘人の家に飛びこんできたカズの言葉を、最初、まともに受けとった人はいなかった。カズは背だけじゃなくて中身もぼくらの中じゃ一番小さくて、些細な事ですぐ大騒ぎする奴だったから。
それでも、秘密基地に行ってみようと思ったのは、皆退屈していたからだろう。もしかしたら、久しぶりに秘密基地に行く口実になったからかもしれない。秘密基地なんて、作った時はともかく、今は子供っぽすぎて、理由がないとなかなか遊びになんて行けないんだ。
ぼくらは、少しでも大人に近づこうと、子供心を隠して精一杯に背伸びをする。大人ぶるのも楽じゃない。
「カズ、その変な奴って、具体的にどんな奴なんだよ」
茂みをかきわけながら弘人。秘密基地は、裏山の中腹、ちょっとひらけた空き地にあるんだ。整備された道なんてないから、獣道を茂みをかきわけかきわけ行くしかない。
カズは、先頭に立つ弘人の後ろにぴったりついたまま、無邪気に答えた。
「んーと、大人の男の人!」
「……いや、どこが変なのかって聞いてるんだよ?」
呆れたように、眼鏡のツルを押さえながら言うのは潤。弘人と潤は、タイプは違えど、ぼくらのクラスのリーダー的存在だ。カズ、弘人、潤とぼくは、いつも一緒にいる。
「見た目は普通なんだけどさ、そいつ、自分の事神様とか言うんだ!」
手を頭の後ろで組んで、楽しそうに言うカズ。潤は顔をしかめる。
「……もしかして、そいつ電波とかいう奴なんじゃないのかな」
「電波って、頭おかしい人の事……だっけ?」
なんとか記憶を引っ張り出す。確か、自分の事を宇宙人とか言ったりする人の蔑称だ。最近テレビで見た気がする。
「バッカだなー、ナオ。電波って、あれだろ?パソコンとか!」
「馬鹿はお前だカズ。パソコンは電脳だろが」
弘人がふん、と鼻を鳴らした。
「……まあ、ナオの答えでだいたい合ってるよ。ともかく、危ない人だったら、無理に刺激しない方がいい」
冷たい声で潤。陽射しが急に陰って、ぼくはぶるっと身体を震わす。
「まあ、見てから考えようぜ。……着いたぞ」
弘人が足を止めた。ぼくは弘人の背中からそっと顔を出した。

一人の青年が、秘密基地の中央、切り株に腰掛けてこっちを見ていた。
目があった。

「……っ!気づかれた……?」
「……逃げろッ!」
弘人が緊迫した声を出す。言われなくても、ぼくはすでに地面を蹴っていた。潤も踵をかえして来た道を一目散に引き返す。すばしこいカズの背中は、かなり小さくなっていた。
木の葉を蹴散らしながら、木の根が突き出す道を走る。急な運動に心臓がばくばくと暴れだす。ぼくは、もともとあまり運動が得意じゃないんだ。必死に脚を動かすけど、どんどん皆との距離が開いていく。
「……ナオっ!」
不意にカズが叫んだ。もうかなり遠い所で振り返ったカズは、ぼくを見て焦ったような顔をしていた。
──…あっ……?
気づいた時には遅かった。ぼくは茂みの中に隠れていた窪みに足を取られて、地面に思いきりたたきつけられた。
「……落とし穴……っ!」
そういえば、この辺りにいっぱい落とし穴を作っていたんだった。秘密基地に来るのは久しぶりだったから、すっかり忘れてた。
起き上がろうとしたぼくの背後で、ガサ、と別の足音が立った。
背後を振り返ったぼくの目の前に、細い手が差し出される。
「……大丈夫ですか?」
あの青年が、心配そうな顔でぼくの顔を覗き込んでいた。


青年の名前は、アカネと言うらしい。尋ねたら、「私にとって、名前はただの記号でしかありません」と言ってから素直に教えてくれた。
「えっと……助けてくれてありがとうございます。いきなり逃げ出すようなことしてごめんなさい」
頭を下げると、アカネさんはふわっと笑って首を振った。
「いいえ、構いません。人間が、自分には理解できないものを恐れる性質を持っている事を、私は知っています」
「理解できないもの?アカネさんの事が……?」
「はい。私は神ですから。だから、あなた方は私から逃げ出したのでしょう?」
……本当に、自分の事神様って言ってるんだ…。
面白いな、と思ったけど、どうやら潤は違ったようだった。
「失礼ですけど、貴方は僕らと同じ人間でしょう?」
眼鏡を直しながら、ずばっと核心をついてくる。
「潤の言う通りだな。あんた、ちょっとおかしいぜ。神様ってんなら、証拠を見せてみろよ」
弘人も同調して、精一杯の虚勢でアカネさんを睨みつけた。それに対し、アカネさんは困ったような微笑で応える。
「……私は神です。残念ながら、人間の姿を取っている時は神であることを証明することは出来ませんが。……ですが、それはあなた方も同じでしょう?あなた方が人間である事を証明する事が出来ますか?」
「……」
質問に戸惑ったのか、潤は黙り込む。
「存在の証明は、難しいものです」
「でも、そんなの屁理屈で、」
「……もうよくね?」
何か言いかけた潤を遮ったのはカズだった。
「なにがいいんだよ」
「アカネさんが人間だって、神様だって、べつにどうだっていいじゃん」
「どうでもよくはないよ。この人、頭おかしいよ」
「だから、頭おかしくってもいいじゃん。だってこの人、ナオを助けてくれたんだよ?悪い人じゃないよ!」
その言葉に、今度こそ潤は黙りこむ。カズは、アカネさんに向き直った。
「ほんと、ありがとな!……で、アカネさんはなんで俺達の秘密基地にいたの?」
「調査です」
「調査?なんの?」
「それには、私のことから説明しなければなりません」
言って、アカネさんはついと視線を空にやった。ぼくもつられて空を仰ぐ。
「私は、電波世界を司っています。ラジオ、電話、テレビ……ありとあらゆる情報を電磁波にのせて届けるのが仕事です。そしてある日、私は電波の中に、何か大きなエネルギーが眠っている事に気づきました。それがなんなのか調べるために、私は人界に降りて来たのです」
「大きなエネルギー……」
「もしかしたら、その言い方は正しくないのかもしれません。ただ、人間が何かを発信しようとする時、なにか大きな力が働くのです。それがなければ、私は電波を正しく伝えることが出来ません。もし、その力がなんなのかわかれば……」
思案するように一瞬目を伏せて、それからアカネさんはこちらを見た。
「……お願いがあります。私は、一週間後にはもといた世界に帰らなければならない。それまでに、その力が何なのか突き止めたいのです。それには人間の協力が必要です。……私を、手伝ってくれませんか?」


「…どうする?」
秘密基地の小屋の中、腰を降ろしながら弘人は低く呟く。
「僕は反対だね」
真っ先に言葉を発したのは潤だった。
「まだ彼が何者なのかもわかんないから。神様なんて絶対嘘だし、手伝う事に意味あるのかなって」
「意味ならあるぜっ!」
カズが潤に噛み付く。
「ナオの恩人じゃん!楽しそうだし手伝おうよ!どうせ暇だろ?」
「ナオの恩人って……背負って基地まで連れてっただけだよね。それと、暇じゃないから。僕受験あるんだからさ」
そう、潤はぼくらの中で唯一の受験組だ。毎日、午後は塾があって大変らしい。
そういえば、この4人で過ごせる夏はこれが最後なんだ。潤は学校変わるし、ぼくは──……。
思考に沈みそうになったぼくを引き戻したのは弘人だった。
「じゃあ、カズは賛成な。ナオは?」
「あ、えっと……ぼくも賛成、かな……」
「……そうか……。俺は反対。分かれちまったな」
弘人はため息。
「どうする?」
「うーん……一応、手伝ってみたらどうかな」
意外にも、潤がそんな事を言い出した。
「時間もあんまないわけだし。とりあえず手伝ってみて損はないかも……って今思った。悪い人じゃなさそうだしね」
「……よし、じゃあそれでいくか」
少し考えてから、弘人は大きく頷いた。
「でも、まあ今日は遅いから、明日からな。カズ、明日は早く集まるぞ。寝坊するなよ?」
「分かってるよ!」
カズが口を尖らせる。それに軽く笑ってから、ぼくはちょっと目を反らした。
小学6年生。最後の、夏休み。ぼくはこの3人に、言わなければならない、でも言えない秘密があった。


「……で、協力って具体的にどんなことすればいいんだよ」
朝早く、秘密基地に集まったぼくらは、アカネさんと作戦会議をしていた。
アカネさんはしばらく考えてから、弘人に向き直る。
「……私と人間は、あなた達から見てどんな違いがありますか?」
「は?」
唐突な質問に弘人が呆気に取られる。その横でカズが吹き出した。
「その質問、変だよ!」
「そうだな」
「……というか、なんでいきなりそんなことを?」
「あの力は、人間特有のものです。なので、人間への理解を深めればわかるかもしれないと思いまして」
「……ふうん?あ、じゃあお前も何か発信してみたら?パソコンで動画送ってみるとか」
弘人が聞くと、アカネさんは肩を落とした。
「……それはもうやってみました。だけど、何も感じとれませんでした。時々あるんです、そういうの……。なにか条件があるのかもしれませんね」
「その力って、何かを発信する時特有のものなんですか?」
ぼくの問いに、アカネさんはゆるりと頭を振った。
「いいえ、特に増幅されるのは確かですが、常にその力を発している人もいます。……そうですね、あなた方の中では、ナオさん、あなたが一番強いです」
「……!」
その言葉に、皆の視線が集中する。
「え……」
「でも、今たまたまその力が高まっているだけなのかもしれません。力の特定が出来ないと、どうとも言えませんね」
その言葉に、なんとなく皆沈黙する。とりなすように弘人が言った。
「……じゃあ、とりあえずアンタが人間を理解する手伝いって事でいいのか」
「そうですね、よろしくお願いします」
そうして、奇妙な一週間が始まった。

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